2016年5月22日日曜日

射幸心 ⑦


ということで結局「射幸心」とは?

ということで射幸心のまとめである。射幸心は、ギャンブルにおいて、渇望が引き起こされる仕組みであり、ギャンブルを提供する側の作戦である。どのように人をギャンブルに引き込むかという策略というわけだ。射幸心をあおる、とは賭け事で「もっともっと・・・」と人の心を狂わせるための手段である。そしてその特徴はなんと、負けたことで人の心をあおるという仕組みであり、そもそも負けることが人を興奮させるという奇妙な性質を利用することだったのだ。
もちろん人は負けること自体を目的にするわけではない。負けることはつらく苦しいことだ。しかし「次は勝つかもしれない」、という気持ちがギャンブルの継続を人に強いる。そのひとつの決め手はニアミスということだ。しかしこのニアミスという現象、脳科学的にはそれが報酬系に関与しているということはわかったのだが、それ以上の具体的な事実や仕組みがわかったわけではない。そしてもちろんギャンブルを継続させるのは、ニヤミスだけではない。事実宝くじなどで、ニアミスはあまり出ないことになる。あたりくじとひとつだけ違う番号がたくさん出回る、という話など聞いたことがない。それでも人は宝くじを買い続けるのだ。それは自分が勝てる、という想定が、実際よりはるかに高く行われてしまうという事実、それがファンタジーであっても、それ自体を楽しむという人間(あるいはサルもそうである!)の心の不思議な性質に関連しているのだ。
ところで薬物依存においては、何が射幸心に相当するのであろうか?基本的にはそれは存在しないはずである。コカインを鼻から吸ったら、2対一の割合でハイになれる、ということは普通は起きない。何度吸ってもハイはハイである。しかし、と私は思う。薬物中毒でも、最初の快感を追う形で人は何度もヤクを用いるのではないか。ロスチェイシングではなく、ハイチェイシングである。すなわち一番最初に得た快感が忘れられずに、それを追い求めて薬物を使用するという構図が心理的に出来ているのではないか?ロスチェイシングは、ある意味ではハイチェイシングのバリエーションなのだろう。同じ量のコカインを吸っても、得られるハイの高みはその時のコンディションで微妙に違う。一つ確実なのは、最初の強烈な快楽ではもはやありえないということなのだ。
しかし私のこの主張とてエビデンスはない。射幸心には、私たちの快感にまつわるファンタジーが深く関係していそうだ、という点を漠然と指し示しているだけなのである。 

渇望が起きている時、脳の中で起きている変化
  
この項目、射幸心とは直接結びついているかはわからないが、ここに入れておこう。射幸心にはまりきっている脳が、普通の脳とどこが違うのか、という話である。
S. D. NORRHOLM, et al. (2003) Cocaine-induced Proliferation of Dendritic Spines in Nucleus Accumbens is Dependent on the Activity of Cyclin-dependent Kinase-5.  Neuroscience 116 (2003) 1922 というすごーい論文がある。脳内の側坐核というところが、食塩水を与えたラットと、コカインを与えたラットで、それを切った後、どのような変化を起こしたかという図である。
この研究でわかったことは、コカイン依存症はおそらく、この脳内の変化、神経伝達をより活発化させるような脳の変化に関介しているということだったという。軸索のトゲトゲの増加がそれである。このトゲトゲがシナプスの量を表すと考えればいい。
 (図は省略)

コカインは脳内のMEF2というたんぱく質を阻害する。このMEF2は軸索のトゲトゲとげとげの生成を抑える作用があるので、それを止めることで、トゲトゲを増やしたというのだ。
ところがこの話には後があるようだ。ネットにはこんな記事があった。
Dendritic spine proliferation seems to compensate for some impacts of cocaine use.
October 01, 2010 Carl Sherman, NIDA Notes Contributing Writer
上の論文から数年後の話だ。コカインがMEF2を抑える作用を阻害する薬を一緒に与えた。するとトゲトゲが減ったが、ネズミはもっとコカインを欲しがるようになったという。ということはトゲトゲは、コカイン依存を制限するように働いていたということになる。コカイン依存を起こしている脳内の変化はどこか別のところにあって、トゲトゲはそれを行きすぎないように押さえているという話だ・・・・。なんだかよくわからなくなってきた。