2016年3月29日火曜日

報酬系 ⑮


麻薬入りの鎮痛剤も、マイナートランキライザーも、人の痛みや不安を押しなべて解消してくれたのだろうか?あながち否定はできないかもしれない。しかし私の臨床体験はこの疑問に否定的である。まず痛みの問題。私はアメリカで17年間聞いていた患者の痛みは、日本人の患者に比べてはるかに深刻だったという印象を持つ。逆に日本で聞く不安や不眠の訴えは、アメリカ人に比べてはるかに深刻という気がしてしまう。起きていることが逆なのだ。
そうそう、眠剤についても述べておくべきだろう。
実は日本は眠剤天国で、様々な眠剤が処方できる。マイナートランキライザーを主体とした眠剤は多数使用できるし、それこそバルビツール系のより強い、多量服薬で自殺の可能性があり、嗜癖の可能性もある眠剤(ラボナ、ベゲタミンの類。私はひそかに「プロ仕様の眠剤」と呼んでいる) も平気で処方されている。他方のアメリカでは、事実上これらの眠剤の処方はNGである。理由は「嗜癖を生むから」。様々な薬剤が合法的、非合法的に出回っている国で「よくいうよ」といいたくなるが、もちろんだからこその予防手段だ。

さてここでの話題は、魔法の薬たちは、どうして人を幸せにしていないかということである。今日会ったある患者さんは「初めてソラナックスを飲んだ時は、不安がスーッと消えて、嘘かと思いました。」でもこの嘘のようなマジックは、使っていくうちに少しずつ色あせていく。オキシコンチンもしかり。最初はマジックが働く。そしてそのうち効かなくなってくる。薬が体から抜けていくときはむしろ苦しい。いわゆる「耐性」が生じるのである。そこには一つの重要な原則があるように思われる。「嘘のように効く」ほど体制も生まれやすい。ジワジワと、いい感じで効いてくる効果は、長続きがする。だから私は抗不安薬を出すとき患者さんに言う。「とにかくケチケチと使ってください。あなたが使い惜しみをすればするほど、この薬は効果を発揮してくれますよ。事実そうやってマイナー系の抗不安薬や、麻薬入りの鎮痛剤の恩恵に長く預かっている人もまた多いのだ。
ちなみに蛇足であるが、私はマイナートランキライザーは全く使ったことがない。もちろん医者の駆け出し時代に「試のみ」を経験はしているが。麻薬入りの鎮痛剤もしかり。十年ほど前にアメリカで抜糸をしたとき、私の心優しい歯医者は、オキシコンチン入りの鎮痛剤を3日分くれた。私はそれを「いざというとき」のために飲まずにとっておいたが、そのうち古くなって捨ててしまったのだ。