2016年1月12日火曜日

精神分析におけるトラウマ理論(推敲7)

まだ7600字だった! 10000字まではしばらくある。大変な論文を引き受けちゃったな。

私が残った紙数で紹介するとしたら、やはりアラン・ショア先生の愛着トラウマの議論だろう。実は”attachment trauma”(愛着トラウマ) という検索をかけても、分析の論文はおろか一般の論文でも引っかかってこないが、これはショア先生のオリジナルな概念といってもいいだろう。(たいていは、”attachment and trauma”と認識されてしまう。)
 彼の主張を理解するために次のようなイメージを思い浮かべていただきたい。最初の一年間で、母親と乳児の間できわめて重要なコミュニケーション、ショア先生のいうところの右脳間でのコミュニケーションが行われ、そこで精神生物学的な意味での調律が行われる。この時期に乳児の大脳皮質は十分発達していない。というか今後のその発達を支える意味での情動調律という名のグラウンドワークが、母子間で行われるのだ。そこでは匂いや音、皮膚感覚などを通して、大脳辺縁系でのコミュニケーションが行われ、乳児の覚醒レベルが維持されていく。そこで大切なのは、刺激が大きすぎず、少なすぎずということである。そしてそこでは母子が情緒的にシンクロしているということだ。もしそれが起きないと、一種の衝突が起き、これはショア先生が「間主観的衝突」と呼ぶものだが、乳児の情緒的な安定性の成立の妨げにつながる。これとトラウマを呼ぶことは出来ないまでも将来トラウマを受けやすいような素地を生むと言っていいだろう。これをさらに具体的に、ショアやブロンバークは自律神経の過覚醒、「正気を圧倒し、心理学的な生き残りを危うくする、混とんとして恐ろしい情動の洪水」とし、それが解離につながると説明する。
この最初の一年間を、心という建物の基礎工事と考えていただきたい。愛着トラウマは基礎を打っている時に起きる様々なストレス、嵐や雷、くい打ちをしている業者のうっかりや設計業者の怠慢による十分な深度への不達成(そんなニュースがあったな)などによりぐらぐらになりかねない。ジャネが言った先天的な弱さによる解離も、フロイトが考えた葛藤を持つことへの堪えがたさからくる意識のスプリッティングも、結局は同様の素地に由来することがある。この心という建物の基礎工事がいかに成立しているか。そしてもちろんそこには母子間の愛着の成立の成否がかかっているし、子供の側の先天的な問題も深刻な影響を及ぼす。考えてもみよう。折れ線型の自閉症を発症する運命にある乳児にいかに完璧な愛着の形成を求めても、そのためにいかに情緒的に安定した献身的な母親が用意されていたとしても、発症を防げるかと言えば、それは無理な相談というわけである。
ところで先ほど「自律神経の過覚醒」と述べたが、ショア先生はこれをさらに詳細な研究と結びつける。それが最近特に話題になっている、ポージスの理論である。簡単に言えば、副交感神経系には二種類があり、腹側迷走神経は、通常の適応につながるが、ストレス下では背側迷走神経という、いわばアラーム信号に匹敵するシステムが働き、低覚醒状態、痛み刺激への無反応性を生む。いわば解離が生じるためのメカニズムが発動するのである。
もうこれ以上詳しい話はいいだろう。トラウマの理論は結局は解離の話につながるということはもういいだろう。