2016年1月9日土曜日

精神分析におけるトラウマ理論(推敲4)

 トラウマの論文の枚数が全く足りなかったことに気が付いた。全然甘かったのだ。書き足しか。トホホ。

ということでもう少し勉強する。Reisner という人の論文「トラウマ:誘惑的な仮説」という論文が必読らしいので読んでみる。(Reisner, S. (2003). Trauma: The Seductive Hypothesis. J. Amer. Psychoanal. Assn., 51:381-414.
彼によると精神分析はトラウマから始まったというのだ。そして彼が紹介しているフロイト自身のトラウマの定義は、とても現代的なものと言える。「中枢神経が、連想的な思考や運動による反応により処理する事が出来ない印象が精神的なトラウマとなる。any impression which the nervous system has difficulty in disposing of by means of associative thinking or of motor reaction becomes a psychical trauma” (p. 154).」(FREUD, S. (1892). Sketches for the ‘preliminary communication’ of 1893. Standard Edition 1: 147-154.)
読んでいくと何となく、フロイトは間違っていなかったという論調になるが、一つ重要なのは、フロイトが言ったことは、すべてのヒステリー患者が性的なトラウマを負っていたというわけではない、という点で、そのことがしばしば誤解されている(つまり性的トラウマが起きていること自体を否定して、すべてをファンタジーとして扱った、とされる)のは問題であるという。このライスナーという人の論文、結構話題になったらしい。
ヒステリーについての議論が盛んだったころの意見の違いを結構分かりやすく書いてある。

  • ジャネ:その人の心(脳)の弱さが原因だ。
  • ブロイアー:トラウマや退屈さのために、不快な体験がスプリットされた。
  • フロイト:その体験が、dominant mass of ideas (つまり後の「自我」)にとって受け入れがたいので、主体的に心をスプリットさせた。
ジャネの臨床例が描かれているが、面白い。彼は老人が階段から落ちて死んでしまったという記憶に悩む患者に「実際はその老人は躓いただけで、死ななかった」という催眠による示唆を与え、患者はそのあとはその記憶に苦しむことがなかったという。
ともかくもこの論文を読んでひとつ気が付いたことがある。フロイトの心変わり、あるいは「性的誘惑説の放棄」はこうだった。外傷となるための必要条件は女児の性器への刺激が実際に起こったこと、すなわち性的外傷が起きたこと ⇒ 性的な刺激は子供がファンタジーや自慰行為を行うことでも生じる ⇒ 実際の性的な「誘惑」がなかったとしてもファンタジープラス自慰によっても同等のことが起きる、という風に思考が変化していったのだ。マッソンやフェミニストたちが主張した「フロイトは、『成人男性による性的外傷はそんなに頻繁にはありえない』という世論に屈服した」という議論は実は正しくなかったのだろう。その意味でマッソン説はおそらく誤りだったのだ。問題はフロイトが性的誘惑をフェレンチが考えたような力への屈服、主体性への蹂躙という文脈で考えず、性的な興奮という観点でしか考えていなかったことである。事実フロイトはこんな分類もしている。性的誘惑が不快感を生んだ場合、ヒステリーになる。快感を生んだ場合は強迫神経症になる・・・・。Masson, 1985, P141)  やはりフロイトはトラウマの本質を分かっていなかったのである。ヤレヤレ。