2015年8月7日金曜日

自己愛(ナル)な人(56/100)


だめだ。「男の世界」が届かない。でも作者の石原さんも、相当なナルだよね。彼のことを書こうか。でも材料もないし、そもそも彼が作家的なナルシシズムの典型例かもよくわからない。ということで、三島由紀夫については後回しにして、いよいよ最後だ。

セラピストのナルシシズム
実は私はどうしてもこれを書かずにはいられない。自分も含めて、セラピスト、カウンセラーの類は、ナルシシストがとても多いのである。
 こう言ってはなんだが、セラピストとは、とても高飛車な人たちである。だってそうではないか。「私は心の問題のエキスパートです。他人の心の問題を理解し、その援助をする専門家です。」という看板を掲げているのがセラピストなのだ。
 もちろん私がこのようなことを書く意味が分からない、という人もいるかもしれない。というのも「『心の専門家』がどうした?ほかの仕事に比べて何が特別なんだ?」という人がいてもおかしくないからだ。
 私は心の問題を扱うのは、とても崇高なことだと考えているし、その専門性を有することはすごく誇りに思うべきことだと思っている。でも一般人がそう思っているとは全然限らない。それよりも、
例えば数学や物理学の難しい問題を扱う人こそが一番偉いと思っている人もいるかもしれない。とすると数学の専門を自認する数学者ほど自己愛的な満足を味わう可能性のある人はいない、ということにもなろう。
 その意味で心の問題を扱う人と、人体の内臓を扱う人と、お菓子を作る人と、為替を扱う人に差はないかもしれないし、それぞれが自分の仕事をとても大切なものと考えているかもしれない。するとセラピストも内科医もパティシエも証券取引所で活躍するディーラーも、それぞれが自分の仕事についてのプライドに比例した自己愛を味わっていることになる。しかし・・・・・
私はやはりセラピスト、分析家に自己愛的な人が多い気がしてならない。「自分は特別」感が彼らには特に強いのだろう。人間として高い心のレベルに至っているという錯覚。自分は精神的に成熟している感覚。これがセラピストの自己愛をくすぐるのだ。
フロイトが非常に自己愛的であったことは論を待たないであろう。もちろん彼は自己愛的になるだけの根拠があった。彼が打ち立てた精神分析理論はその後の心の専門家に決定的な影響を及ぼした。一世紀が過ぎてもこれほどまでに影響力を発揮する理論など、ほかの学問の分野に存在するだろうか?アインシュタインやダーウィンに比肩するであろう。
 しかしフロイトの理論は、それ自身が分析家の自己愛を満たすような形で浸透していったことも確かである。精神分析という何年もかかる厳しい自己探索の作業、それによる自らの無意識の解明、そして他人を分析する力の獲得、という一連の流れを示すことで、それを志し、一生の仕事としたいという夢を多くの人に与えた。そしてその世界には、アナリザンド(被分析者)
 スーパーバイジー  精神分析キャンディデイト  精神分析家  教育分析家
という階層が生まれ、精神分析の道を歩む人にとっては、分析協会に入門を許されてからは、最終的に教育分析家になることが一つの大きな目標となる。そしてそこに達した際に体験する自己愛的な満足も計り知れないのだ。
自己愛的になり、患者と個人的な関係を持ったり、その自己愛的な振る舞いが様々な問題となった人物は、精神分析の歴史の中で何人も登場する。その中で私の心に二人の特に自己愛的な人物が浮かび上がる。一人はマシュード・カーン、もう一人はカール・メニンガである。もちろんほかにも自己愛的な分析家の例はいくらでもいるかもしれない。ただ私が受けた分析の教育の中でその二人がその自己愛的なふるまいについて特に強調されていたことを思い出す。

マシュード・カーンの自己愛
マシュード・カーンの話は、精神分析の歴史には不思議とよく出てくる。それも彼の業績の話というよりは、人格的な問題なのだ。カーンは分析界の巨匠ウィニコットの右腕的な存在でありながら、その人騒がせな言動ばかりがクローズアップされたというところがある。
以下に、カーンの伝記(FALSE SELF The Life of Masud Khan. By Linda Hopkins. 525
pp. Other Press.
)などを参考にしてまとめる。
マスッド・カーン(Mohammed Masud Raza
Khan
)は1924年に英国領インドのパンジャブ地方(のちのパキスタン)の裕福な家の出身である。成人してから英国に移住し、精神分析の世界では早くから頭角を現した。プライベートでも二人の有名バレリーナと結婚し、二度離婚するなど、派手な人間関係でも有名であった。
 カーンはきわめて知的な能力が高く、編集者としてのスキルを買われて、多くの本を編集している。
前世紀の後半においては、精神分析の世界で有能で多筆の分析家は少なかったが、その中でカーンは例外的な存在であった。彼はウィニコットの分析を受け、また彼の長年の協力者でもあったとともに、その共著者、作品の編集者でもあった。またカーンはかのアンナ・フロイトの精神的な庇護を受け、何かがあっても彼女に守られたという。実際に学術的な論文においても、たとえば彼の累積外傷cumulative
trauma
の概念は今でも用いられている。彼はまた倒錯と、幼少時の生育環境の関係などについても優れた論文を発表した。このようにカーンは、精神分析の世界では、将来を嘱望され、若くして期待を集める存在であったことが伺える。
 彼は指導分析家になるのに2度失敗したと言われるが、そこに彼の人格的な問題がどのように関係していたかは不明である。指導分析家になってからは、徐々に分析の枠組みから外れるようになったという。彼は酔っぱらって乱行に及ぶ、患者とだけでなく患者の配偶者、その娘たちとも性的な関係を持つ、などの行動が目立ったという。また治療を止めた患者を脅し、患者通しの性的関係を進め、自分自身の情緒的なニーズを満たしてくれない患者を捨てたとも伝えられている。そのような振る舞いの背後には双極性障害があったのではないかと考える人もいる。