2015年6月8日月曜日

あきらめと受け入れ 推敲後(1)


日本人とあきらめ

2014年のサッカーワールドカップ。日本のサッカーはワールドカップに敗退した時、帰国した成田空港でファンたちに「ありがとう」と慰労されたという。これが、自国民から怒りを持って迎えられたブラジルやそのほかの国のチームとの違いだという。なるほど。考えさせる。あるいはワールドカップ敗戦後、スタジアムに残り、散らかったゴミを掃除している日本人の様子が撮影され海外で賞賛の声を集めている。これもワールドカップつながりの同じ類の行動と言えるだろう。
これらの話が興味深いのは、これが一種の社会実験の意味を持つからだ。ワールドカップという世界共通の大会中に、期待を持った自国の選手が破れて帰国した際の自国民の反応の比較をするから差が出て面白いのだ。

勝っても負けてもフェアな精神でそれを受け入れる。敵を称賛し、味方も慰労する、という態度である。私の中ではこれは武士道精神と結びつく。新渡戸稲造は、日本の精神が武士道で説明できないものはないとか言ったそうだが、確かに日本で美徳と思われている事柄は、武士道にもうたわれている。
もちろん日本の専売特許というわけではなく西洋でも騎士道 Chivalry があった。(ただし騎士道は、それが理想とされてもどこまで遵守されたかはいっそう不明であろう。最後にはレディファーストくらいしでしか形が残っていない感じだ。)
北山先生がこの分をパンフレットにお使いになった真意はわからないが、私の中ではこのエピソードはあきらめのテーマをうまく表していると思う。試合が終わった時点で、いや終わる前から、日本人のファンは自国のチームが敗退することを前もって予想し、受け入れているのである。だからそこで取り乱したり、怒り出したりしないのである。私はあきらめや受け入れの能力はその人の精神の健康度をうまく表していると思う。アンナ・フロイトは「あきらめgiving up」を防衛機制のリストに入れなかった。でも重要な防衛であると思う。ただしあきらめ上手は本当に適応的なのか?

私の中でこれにつながる連想は、実は第二次世界大戦の後の占領軍の受け入れの話である。もちろん私はその場にはいなかったが、私が生まれるわずか10年余り前のことである。戦争などとんでもない昔の話だと感じる平成生まれの人々が増えつつある今、こんな話でもしておく責任を感じている。これも私の理解している範囲ではあるが、進駐軍は、日本人が一億総玉砕を覚悟に、決死の覚悟で彼らといわば差し違えるのではないかと思っていたら、全然そうではなかったのが意外であったという。確かに先の大戦で、日本軍は最後には特攻隊精神で敵に当たり、一見死さえ怖れぬふるまいを見せた。しかしどうして終戦と同時に手のひらを返したような振る舞いを見せたのだろう。
 しかし私の中では、終戦間際の特攻精神と、占領軍のあっけない受け入れが、同根であるという気がするのである。それは日本人の持つ没我性の異なる表現でしかないように思える。没我性とはその対極にある我執性とともに精神病理学でしばしば取り上げられる人間の基本的な心性の一つである。没我性とは一言でいえば、他のために我を没する心性だ。内沼の表現を借りれば、身をささげて相手と一体となるということだろう。しかしこれは利他性の文脈だけで論じるべきではないだろう。そこにはマゾヒズム、自虐性の要素が必ず含まれると考えるべきだ。さらには利己性とも究極的にはつながるだろう。どういうことか。わが身を没して対象と一体化し、それに貢献することは、そのこと自体による快感やそれが将来身を利するであろうという予測とも関係しておかしくない。特攻精神が目指していたものが国家や国体なるものへの忠誠心やそれとの融合であったなら、原爆を落とされて圧倒的な力でねじ伏せられた日本人が急にその忠誠を誓う先を米国に向け変えたということではないだろうか。
 私はノンポリで、政治音痴であるが、この種の反米的な考えに凝り固まっているつもりではない。むしろ米国は、私にとって第二の故郷である。むしろ親米的な人間だ。そして強い国が仲よくすることがいかに大きな力を生み、また周囲の地域に安定をもたらすのかについてもいつも考えている。私たち日本人が、唯一の被爆国としての恨みを現在あからさまな形で米国に向けないとしたら、それは幸いなことだ。何しろ恨みの連鎖は人間社会の不幸の始まりだからだ。それでも私には我が国の政治家の一部が示す親米の立場に、「迎合」の文字を透かして見てしまう。私たちがどんなひどい仕打ちを受けたのか。小林よしのりが、「反米はマナーだ」と書いていたが、その通りだと思う。そもそも没我的な心性をより多く持ち、そこに美的な価値さえ見出す傾向のある私たち日本人が常に念頭に置かなくてはならないのは、私たちは強いものに弱く、迎合し、身を捧げてしまいやすい民族であるということだ。