2015年6月18日木曜日

自己愛(ナル)な人(6/200)

突然得られた権力は、その人を最悪の「厚皮ナルシスト」に仕上げる可能性がある

 「ナルナ人は、基本的にはたたき上げである」と言った。しかし何らかの幸運で(あるいは「不幸にも」というべきかもしれないが)突然の形で権力を得た人間は、そのたたき上げの期間を経ることなく厚皮型の自己愛になってしまうことがある。何度も述べているように、権力を持つと、人は99%このタイプの自己愛になるが、それが準備期間を経ずに起きるのだ。そうするとヤヤコシイことになる。「手の付けられない」自己愛者、つまりは独裁者になってしまうのである。
 シリアのアサド大統領を考えてみよう。2010年の「フォーリンポリシー」誌で「世界最悪の独裁者」ランキングの第12位に選ばれている。
 ネット情報のコピペにならざるを得ないが、だいたいどこも同じような情報を流しているな。(以下に述べる「アサド氏」とはバッシャール・アサド氏を指すこととする。)
 彼の経歴で特徴的なのは、彼はもともとは、大統領であった父親の跡を継ぐ意思もなく、控えめでおとなしい性格を持つ眼科医であったということだ。転機は、後継者と目されていた兄の交通事故死である。それを機会に本来は興味を示していなかった政治の世界に巻き込まれてしまったと言っていい。国際社会はアサド大統領が伝統的な権力の腐敗を遠ざけ、政治改革に着手するだろうと期待していた。
 アサドは大きな波乱なく権力を継承したが、政治的経験がほとんど無いため、あまり最初から国政で主導権を握ることはせず、もっぱら先代以来の首脳が政務を仕切っていたという。アサドは大統領に就任後、みずから新たな閣僚を選任し、「腐敗の一掃と改革」を訴えて、汚職疑惑のあった政府高官を次々と逮捕した。温厚な彼がこれを出来たのは、大統領という地位のなせる技だろう。そして次第に彼は対外的にも内政の面でも、政敵への態度を硬化させていったという。そして例の大量殺人容疑となったのである。しかし同時に、デモを弾圧したり、強権的な政治を続けることを悔やんでいるという。
 ネットの情報も交えながら描いたのだが、あまり説得力はないな。とにかく一旦権力を掌握すると、人はナルシシズムを膨らませて行くという事情を書きたかったのだ。
もう一人の例として書きたいのが、あの北の寒い国のリーダーだ。彼こそいきなり政治の世界に登場し、頭を刈り上げられて人民服を着せられ、独裁者になった人だ。私たちが驚いたのは、自分にとっての恩人であり、育ての親的な存在でもある叔父を処刑してしまったということだろう。現在32歳の独裁者は、おそらく政治的には全くの未知数、というよりは未経験のまま国のトップに立ち、すべての権力を握ったのである。その結果として起きていることは、部下がミスを犯したり、自分の意に沿わない行動を起こした時に、それを排除、粛正するという行動である。
アサドの場合も、寒い国のリーダーについても言えるのは、このブログで言っているような「叩き上げ」ではないということだ。寒い国のリーダーの父親の時代には、それでも部下との間にある種の互恵関係があった。密告した部下を抜擢するという形で、自分の自己愛を満たす人をそれなりに重用したわけである。しかし現在のリーダーは、密告者も「知るべきでない情報を知った」という理由で粛清されてしまうという。なんと恐ろしいことだろう。(現代ビジネス「経済の死角」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43535