2015年6月29日月曜日

自己愛(ナル)な人(17/100)

サイコパス型ナルシストは「たたき上げ」ではなく、むしろ「生まれつき」
ではサイコパス型のナルシストはどのようにして生まれてくるのだろうか? この点について考えると、厚皮型との違いがわかるだろう。基本的には全然異なるのだ。といっても両者が混じっている人も多いんだろうけどね。
 サイコパス型ナルシストは「たたき上げ」ではなく、いうならば「生まれつき」というところがある。もちろんこれまでにもさまざまな説が提唱され、幼少時の虐待やネグレクトが原因だと主張する人もいないわけではない。しかし多くの場合、親は子供がとんでもないモンスターに育っていくのを背筋を凍らせて見守るのである。
サイコパスの子供時代は、とにかく癇癪がすごい。物を破壊し、人に殴りかかる。いくら言っても、それこそ体罰を使っても、そもそもそれが通じない。そのうち妹や弟が生まれると、そのいじめが残忍でかつ見境がない。まだ赤ん坊の弟や妹の口をふさいだり、頭を壁に打ち付けたり、ということをして全く目が離せない、ということが起きる。ヘアは次のように述べている。「[親は]何とか助けを求めようとして、なりふり構わずに、次から次へとカウンセラーやセラピストを訪れるが、何一つ役に立たない。親が子供にかける期待は、次第にうろたえと心の痛みに取って代わられ、何度も何度も彼らは自問する。『私たちが一体どんな悪いことをしたのだろう?』」(ヘア、同書、P210 )いわば彼らは幼いころからすでに悪魔なのだ。そして彼らが最初に法廷に出るのは平均で14歳である、とヘアは言う。
通常の厚皮型と比べてみよう。彼らは社会の下の層から徐々に這い上がっていく。悪く言えば上には取り入り、下を支配して。しかしそこには上から可愛がられ、また下をかわいがる、というポジティブな側面があった。その意味で自己愛の階層社会では互恵的な関係が成立しているのである。
 それに比べてサイコパスは最初からトップの座にいる。彼らにとって取り入ったり媚びたりする相手はいないのだ・・・・。
もちろんこう言うとたちまち反論があるだろう。「そんな馬鹿な。最初からトップなんてありえないだろう。すぐに上にぼこぼこにされるのが落ちだ。」
 もちろんそうだろうし、その意味では「失敗したサイコパス」は、どこの社会にも属すことができない、凶暴な野生動物のような存在でしかない。しかしサイコパスの「成功組」はより長期的な展望があるから、自己愛の階段を仮面を被りつつ登っていくことになるだろう。どこまで上り詰めるかが、そのサイコパスの「成功度」を示すことになるのだ。ただしそこにあるのは、すべてが偽りの、芝居の人間関係、対人関係でしかない。上から可愛がられても、心の中では鼻で嗤い、下には残虐で思いやりのかけらもない。その暴力的で狂気じみた支配に、下はただ恐れるだけである。

このような決して成功しているとは言えない野生のようなサイコパス型の自己愛者が集団社会で生き伸びるとしたら、その下への容赦のなさや苛酷さが上から重宝がられるからかも知れない。やくざや暴力集団であるなら、その非情さや残酷さで周囲を恐れさせ、その分だけ上に登りつめるのも早い。ヤンキー集団で年は行かなくてもその捨て身の狂気ともいえる暴力性でたちまちトップに躍り出るというケースは少なくないと聞く。