2015年5月19日火曜日

精神医学からみた暴力(再推敲後)3

3.現実の攻撃が性的な快感を伴う場合

今年(2015年)の文芸春秋5月号に、「酒鬼薔薇」事件(1997年)の犯人Aの家裁審判「決定」全文が載せられている。これを読むと、一見ごく普通の少年時代を送った少年Aが猟奇殺人を起こす人間へと変貌していく過程を克明に見ることが出来る。思春期を迎えると、悪魔に魅入られたように残虐な行為に興奮し、性的な快感を味わうようになる。少年Aの場合は、性的エクスタシーは常に人を残虐に殺すという空想と結びついていたという。米国ではジェフリー・ダーマーというとんでもない殺人鬼がいたが、彼の父親の手記を読んだときもほぼ似たような感想を持った(ダーマー、1995)

ライオネル ダーマー 
著、 小林 宏明 翻訳 (1995) 息子ジェフリー・ダーマーとの日々 早川書房

私たち人間にとって性的ファンタジーほど始末におえないものはない。一生これに縛られて生きていくようなものだ。私たちの性的な空想は、さいわいその大半は同世代の異性に向けられる。しかし私たちの一部にとっては、性的空想の対象は同性である。また一部の人にとってはそれは対象は小児に向けられたものであり、またごく一部はその対象をいたぶることに向けられ、そしてごくごく一部が、殺害することに向けられるのだろう。犯人Aのケースのように。いったいそのような運命を担ったらどうやって生きていけばいいのだろうか?
 おそらく全人類の一定の割合は、ネクロフィリアを有し、猟奇的な空想をもてあそぶ運命にあろう。彼らはみな犯人Aのような事件を起こすのだろうか?ここからは純粋に想像でしかないが、否であろうと思う。おそらくそれ以外の面では善良な市民である彼らは、それを深く恥じて後ろめたく思い、一生秘密として持ち続けるのではないだろうか? そしてごく一部が不幸にしてそれを実行に移してしまうのであろう。

4.突然「キレる」場合

殺傷事件の犯人のプロフィールにしばしば現れる、この「キレやすい」という傾向。普段は穏やかな人がふとしたきっかけで突然攻撃的な行動を見せる。犯罪者の更生がいかに進み、行動上の改善がみられても、それを帳消しにしてしまうような、この「キレる」という現象。秋葉原事件の犯人は、人にサービス精神を発揮するような側面がありながら、中学時代から突然友人を殴ったり、ガラスを素手で叩き割ったりするという側面があった。池田小事件の犯人などは、精神病を装ったうえでの精神病院での生活が嫌で、病棟の5階から飛び降り、腰やあごの骨折をしたという。これも自傷行為でありながら「キレた」結果というニュアンスがあろう。一体キレるというこの現象は何か。DSM-5の診断基準では、「間欠性爆発性障害」というおどろおどろしい名前がついているこの障害は、実はおそらくあらゆる傷害事件の背景に潜んでいる可能性がある。

 以上攻撃性への抑止が外れる4つの状況を示したが、現実にはこれらはおそらく複合しているのだ。いくら殺人空想により性的快感を得る人間が、人の痛みを感じ取る能力にかけ、同時にキレ易い性格を有し、またそれらのハンディキャップにより幼少時に虐めや情緒的な剥奪を受けることで世界に恨みを抱いた状態。それが凶悪事件を犯す人々のプロフィールをかなりよく描写しているのではないかと私は考える。
ちなみにこれらの4つのうち、2番目と4番目に関しては、そこにサイコパスたちの持つ脳の器質的な問題が影響している可能性があると筆者は考える。殺人者の半数以上に脳の形態異常や異常脳波が見られるということが指摘されてきた。最近のロンドンキングスカレッジのブラックウッドらの研究によると、暴力的な犯罪者は脳の内側前頭皮質と側頭極の灰白質(つまり脳細胞の密集している部分)の量が少ないという。これらの部位は、他人に対する共感に関連し、倫理的な行動について考えるときに活動する場所といわれる。(http://www.reuters.com/article/2012/05/07/us-brains-psychopaths-idUSBRE8460ZQ20120507
Study finds psychopaths have distinct brain structure.) 


治療的介入の新理論

暴力はどのように防ぐことが出来るのであろうか?暴力をふるい、人を傷つけた人のなかには、それを深く反省し、服役後は再犯を犯すことなく市民生活を送れる人もいる。しかし犯罪を繰り返す反社会的パーソナリティ障害、サイコパス、犯罪者性格などといわれる人々に対する治療はないとされてきた。
ただしかつては彼らを治療しようというヒロイックな試みもあった(ロンソン、2012)1960年代にアメリカのある精神科医バーカー氏がある治療的な実験を行ったという。彼が唱えたのは、「サイコパスたちは表層の正常さの下に狂気を抱えているのであり、それを表面に出すことで治療するべきだ」という説だった。その精神科医は「トータルエンカウンターカプセル」と称する小部屋に、若く知性を備えたサイコパスたちを入れて、服をすべて脱がせ、大量のLDS(幻覚剤)を投与し、お互いを革バンドで括り付けたという。そしてエンカウンターグループと同様の試み、すなわち心の中を洗い出し、互いの結びつきを確認しあい、心の奥底を話し合うといったプロセスを行った。そして後になりそのグループに参加したサイコパスたちの再犯率を調べると、さらにひどく(80%)になっていたという。つまり彼らはこの実験的な治療により悪化していたわけだ。そこで彼らが学んだのは、どのように他人に対する共感をうまく演じるか、ということだけだったという。

Ronson, J (2011) The Psychopath Test. Picador. London.ジョン・ロンソン 古川奈々子(訳) (2012). サイコパスを探せ!:「狂気」をめぐる冒険 朝日出版社 

このような悲観論を代表するものとしては、1970年代に有名なアメリカのマーチンソンの研究があったという。それによれば犯罪者の治療は何をやっても効果がないという研究結果を伝え、それによりアメリカは犯罪の厳罰化の方向に動いたという経緯があった。そしてさらに脳の画像技術が進み、それとともに暴力的な犯罪者は、すでに述べたような脳の器質的な変化を伴っている可能性があることが明らかになり、それが治療的なペシミズムを推し進めたのである。しかし後にマーチンソンの見解は誤りであるということがわかったという。彼が治療と見なしていたものの中には、保護観察、刑罰、刑務所収容までもが含まれていて、改めて治療的なものだけを選んで調査をした結果、約半数に治療効果がみられていることがわかったという。そしてその後マーチンソンは自説を撤回し、自殺をしてしまったという。そしてその後リプセイという研究者により、犯罪者の治療についての研究がまとめられたが、それはそれまでの悲観論を大きく変えるものであった。以下に「入門 犯罪心理学 原田隆之著」(2015)を参考にして記述してみよう。
原田隆之著 (2015) 入門 犯罪心理学 ちくま新書
そのリプセイの研究によれば、その主張は以下の3点にまとめられるという。1.処罰は再犯リスクを抑制しない。2.治療は確実に再犯率を低下させる。3.治療の種類によって効果が異なる。1.については、拘禁や保護観察は逆にわずかだが再犯率を上げてしまうという。これについては一見常識的な考え方が通用しないというのは驚きでもあるし興味深い。2.これまでの治療悲観論への反論とも言える。適切な治療を行った場合の再犯率が35%、行わなかった場合が65%であるというのだ。そして3.適切な治療とは、認知行動療法、行動療法であり、それ以外の療法、たとえば精神分析やパーソンセンタード・セラピーなどでは再犯率にほとんど影響はなかったという。また治療を行うなら拘禁下よりも社会で行う方がいいとも述べられている。
アンドリューズとホンダという研究者はこれらの理論を踏まえて「RNR3原則」というものを導いている。それらはリスク原則、ニーズ原則、反応性原則だということだが、これらが守られないと、犯罪者に対する効果は台無しになるどころか、再犯率は少し増えるという。
まずリスク原則。再犯率が軽い人に、インテンシブな治療をするな、ということだ。そうすることで費用もかさむし、再犯率も上がると伝えている。ウィスコンシン矯正局の研究では、低リスクの人に低強度の治療をしたところが再犯率は3%だったが、高強度の治療にしたところ、それが10%に跳ね上ったという。ちなみに低い度の治療とは、自習とか視聴覚教材を用いたもの、高強度とは11の面接などだという。刑務所などでは模範囚には手厚い「治療」の場が提供される一方では、反抗的な囚人は放っておかれるということが起きているという。その逆を行かなくてはならない、というわけである。
ニーズ原則については、これを説明するためには犯罪にまつわるセントラルエイトの記述が必要だ。犯罪にはいくつものリスクファクターがあるが、アンドリューズらはそれを8つに絞った。①反社会的認知、②敵意帰属バイアス、③性犯罪者の認知のゆがみ、④反社会的交友関係、⑤家庭内の問題、⑥教育、職業上の問題、⑦物質濫用、⑧余暇使用であるという。そのうちたとえば⑦の問題しかない人には、それに集中した治療、つまり薬物乱用への対処を行い、同じように、④、つまり悪い連中とつるんでいることが問題な人にはそれに対する治療を行うという意味だ。
反応性原則とは要するに、効果があることをせよ、効果がないことをしても仕方がない、というもので、そこには効果がないものとして、アニマルセラピーや精神分析が挙げられている。受刑者が動物に触れるのは確かに情操教育に効果的と直感的に感じるが、再犯率には関係がない。そのような直観に従った「治療」を私たちはしがちであり、真に効果的な治療、すなわち認知行動療法を行うべきだ、と述べている。