2015年2月12日木曜日

第1章、一部書き直した

このことからショアが提唱していることは以下の点だ。幼児は幼いころに母親を通して、その情緒反応を自分の中に取り込んでいく。それはより具体的には、母親の特に右脳の皮質辺縁系のニューロンの発火パターンの取り入れ、ということである。ちょうど子供が母親の発する言葉やアクセントを自分の中に取り込むように、脳の発火パターンそのものをコピーする、と考えるとわかりやすいであろう。そしてこれが、ストレスへの反応が世代間伝達を受けるということなのだ。そこに解離様反応の世代間伝達も含まれるのである。
 ちなみに私はこの部分を書きながら、ひとつ思い出すことがある。「柔らかな遺伝子」(マット・リドレー(), 早川書房、2014 Ridley, M. Nature via Nurture: Genes, Experience, & What Makes Us Human, 2003.
という本に書かれていた。人間に育てられたサルははじめはヘビを怖がらないという。そこでヘビに野生のサルが反応する映像を子ザルたちに見せる。すると、いっぺんで怖がるようになるというのだ。野生のサルが檻のてっぺんまで飛びのいて、驚愕に口をパクパクさせるのを見た後は、子ザルたちは模型のヘビでさえ怖がるようになる。
 これはどういうことだろうか。ある見方からすれば、子ザルたちはビデオを通して母親の情緒反応パターンを取り込んだのだ。ショアの主張のとおりである。ところがもっとうがった見方をすれば小ザルたちは、一緒にトラウマを味わったことになる。いわばヘビに対する恐怖心は、一種のトラウマ体験のようにして「世代間伝達」されたことになりはしないか。
 話を解離に戻そう。
子供が幼少時に体験する解離は、このように刷り込みの意味を含むからこそ意味が深いことになる。そしてそれは親の右脳の皮質辺縁系の回路が子供のそれに移し込まれるようにして成立するというわけである。もちろん子供の解離体験のすべてがこのように成立するとは限らない。ただ愛着という文脈では往々にしてこのような観察が見られるということである。