2015年1月8日木曜日

TRPの事例部分の書き直し

TRPの事例 ①
本書にはいくつかの具体例が載せられているのでそのうちまず三つを参考にして説明しよう。ただし私なりに翻訳する過程で編集してある。これによりエッカーラが何をTRPとして具体的に考えているかをつかむ事が出来るであろう。
症例Aさん
Aさんは30代の男性である。彼は職場で自己主張をするのが苦手であるという。何か言おうとしても、自分は意味のないことを主張していることになるのではないかと思い、なかなか口に出せないという。これが、1の「症状の同定」ということである。そこで治療セッションで、実際に職場で何かいいアイデアを出してみたことを想像してもらう。するとAさんは「自分は嫌われてしまった!」と感じられたという。治療者がその状況をイメージしてもらうと、Aさんは「ああ、自己主張をしちゃって、人から嫌われている。あの自己中心的でろくでなしの父親のように自分は思われてしまっているんだ。」と言う。そこで2.の「治療対象となる学習内容」とは、「自己主張すると、父親のようにいやな人間に思われる」という思考なることがわかった。これをもう少しはっきりと言葉に直すならば、「少しでも自信を持てると、それは自己中心的で傲慢であり、父親のようになってしまう。だから自分は決して自信を持てない。」となる。この文章を治療者がAさんと話し合って作成した後に、Aさんはこれを口に出して読んだ。その際に、心から、ないしは体のレベルで「この通りだなあ」と感じられることが大切であるという。治療者はこれをAさんにインデックスカードに書かせて、次の治療セッションまでに何度も読んでみるように指示した。
次のセッションでAさんはこんな経験を報告したという。「昨日会社である企画が頭に浮かんだのですけれど、例により自信がなくて言えませんでした。ところが隣の同僚がその同じ企画を口に出して提案し、結構受け入れられたんです。私はその時ちょっとしたショックを受けました。」治療者はこの体験を3.のDK(学習内容の確信を崩すような知識)として使うことを決めた。
治療者はAさんに「では次のようなシーンを想像してください。あなたは仕事場の企画会議で一つのアイデアを思いつきますが、口に出さないことにします。そんなことをすると傲慢だと受け取られて嫌われるからです。すると誰かがそのアイデアを口にします。そして驚いたことに、誰もそれを傲慢とは思わず、そのアイデアをうけいれたのです!」このイメージトレーニングを治療者はAさんに何度もやってもらう。そうしてもう一枚のインデックスカードを取り出して、文章を書いてもらう。
「少しでも自信を持てると、それは自己中心的で傲慢であり、父親になってしまう。だから自分は決して自信を持てないと思っていた。ところが実際に口にすると全然そんなことはなかったのだ!」
これを次のセッションまでにAさんは暇さえあれば何度も取り出して読むということになった。
症例Bさん
Bさんは37歳の女性で、女性のパートナーJさんと8年連れ添ったが、最近別れてしまったという。しかしそのつらさに耐えられずに、Jさんに電話をしては泣き崩れるということが何度も続いていた。彼女は過剰にかかわりを求めてくる母親と、酒飲みで拒絶的な父親のもとに育ったが、両親は彼女が12歳のころに離婚してしまった。Bさんは「私とJとの関係は、『根源的な結びつき』だったのよ。ちょうど子宮の中で母親と一体となっているようにね。」という。Bさんの治療者は「私と彼女が別れるなら・・・・」という文章を作り、その「・・・・・」の部分を埋めてもらった。Bさんは「私と彼女と別れるなら、私は自分を失くしてしまう」と言った後、その意味が分からないといった。「私は彼女の中でばかり揺れ動いていて、自分というものを考えなかったのよ。」それに対して治療者は言った。「もしあなたが彼女になり、そして彼女を失ったとしたら、あなたが失われることに…」と言うと、Bさんは、「そうね、そういうことだわ!」と叫んだ。そこで治療者はBさんにインデックスカードに次のように書くように言う。「私の大事な部分があなたになり、それを失いたくない。」 そしてそれを次のセッションまでの2週間の間に何度も読んできてもらった。二週間たって現れたBさんは言う。「何か変な感じ。私が二人いて、一人は私のそばにいて、もう一人はDさんと付き合っていて…。でも私と彼女が一緒になるって、死ぬことじゃない?って思うようになり、変な気がするようになったのよ。それじゃうまくいかないわ。」そこで改めて治療者はBさんに書いてもらった。「私は彼女と一緒になるといい気持ちかもしれないけれど、もっともっと悪いことが起きるわ。」これを治療者は繰り返してBさんに唱えてもらうことになる。つまり誰かと一緒になることが同時に心地よく、また恐ろしいという考えを何度も唱えるという治療を行うことになったという。
症例Cさん
30代前半の男性であるCさんは、仕事をしても続かず、ガールフレンドが出来ても二ヵ月と続かずにすぐに愛想をつかされてしまうという。「自分はどうせ何をやってもダメなんです。」と自暴自棄なことを言う。面接では色々聞いて行くうちにまたもや父親の話が出てきた。彼の父親は C さんを小さい頃から一度も褒めたことがなく、愛情のかけらも注いでくれなかったという。「私が人生で上手く行ってしまえば、私自身が困るんです。父親が私をちゃんと育てたことになりますからね。」治療者はCさんに言ってる。「目の前にお父さんを思い浮かべて下さい。そして『父さん、僕は仕事がうまく行っていて、今度給料をあげてもらうことになりましたよ』って言ってごらんなさい。」それを聞いて C さんは言った。「すごく嫌な感じがします。というより緊張します。そんなことは言えませんよ。彼が父親としてうまく育ててくれたことを示すことになってしまいますからね。」という。治療者は「ということは、あなたがいかにダメ人間かを示すことで、自分がいかに育て方を間違っていたかを理解させたいというわけですね。」 C さん:「ふーん、そういうわけか。」 ここで治療者は大事なことを指摘する。「でも C さん。あなたはやはりお父さんに期待しているというわけだ。あなたがいかにダメ人間になったかを示すことで、お父さんは心から反省し改心して『俺はダメな父親だった。済まなかったね。』とあなたに謝るということを、あなたは期待しているんでしょう?」そこで C さんは意外そうな顔をする。
 結局治療者は C さんに次のようなセンテンスを言ってもらうことになった。「私の父は自分の過ちを正直に認めて謝るような人です。」それを言った後Cさんは言った。「ありえない!!!


以上AB,Cさんの3つの例を挙げてみた。どれも経過としては類似している。彼らの症状がある思考に基づいたものであり、それを矛盾するような思考をそれにつなぎ合わせたものをカードに書いてもらったり復唱してもらったりする。たとえばCさんの例では、「父親はろくでなしだ」という言葉と「父は正直ものだ」という言葉のミスマッチが、そしてそれが「隣同士に置かれていること juxtaposition 」が治療の決め手となる。つまりろくでなしの父親、という頭にしみついた思考がいったんグラグラになり、別のものになって再固定化するというプロセスが可能になるというのだ。
 以上の三つの例は必ずしも説得力があるとは言えないかもしれない。「本当にこのようなことが可能なのか、これで治療になるのか?」という疑問を抱く読者もいるかもしれない。ただこれらを通して著者たちがどのような治療プロセスをTRPとして具体的に考えているかがわかるだろう。
 私自身の印象としては、記憶の再固定化の例として示されることは少し意外に感じる。記憶の再固定化を考える際には、ある特定の出来事についての記憶が別の意味合いを持ち始める、という状況を想定する。ところがこれらの例はある種の思考を示しているという気がする。たとえばCさんの例では、「父親はろくでなしだ」というように。だからこれらの例はむしろ認知療法的なプロセスになぞらえる事が出来るであろうと考える。しかしそれでもこれらの例がいずれも実際に治療効果がみられた例であるとするならば、むしろTRPをそのようなものとして理解することで治療への応用性も増す可能性があると考える。