2014年10月8日水曜日

脳と心(8)


実はこの原稿、12月にあるところで発表する準備だが、脳科学と心についての話で、華々しい図を用意しようと思っても、たとえば以下のCANの概念、大体が中枢神経と大脳辺縁系と自律神経系が複雑に入り組んでますよ、などという図などない。(と言ってももちろんググってそう、という意味だが。)なぜならこれらを図に表すと、結局脳全体(まあ小脳は除こうか)ということになってしまう。
ということでまた自己剽窃。

CANという概念 ← また出て来たか。
この右脳の機能をわかりやすく表す言葉として、CANという概念が提出される。これはCNS-ANS limbic circuits の省略形である。ここでCNSとは中枢神経系 Central Nervous Systemを、ANSは自律神経系 Autonomic Nervous Systemを意味している。つまり CANとは「中枢神経-自律神経-辺縁系」を結ぶサーキットのことだ。上に述べた皮質と皮質下の連携のことである。


このCANは内的、外的な刺激を統合し、目的に沿った行動に貢献するものである。その中では情報が「上から下へ」(つまり皮質から辺縁系へ)あるいは「下から上へ」と両方向に行き来し、交感、副交感神経のアウトプットを生じさせる。このCANにはさまざまな情報が入るが、それによりかなり柔軟な対応を見せ、交感、副交感神経は相互補完的に流動的に動く。

CNS    LSM
↖↘   ↗↙
    ANS

 みたいな。そしてこの流動性、安定した愛着により成立するのだ。そしてその柔軟性、流動性が失われてしまうのが、トラウマにおける反応である。それはたとえばトラウマ状況にある母親の一方での興奮と、他方での解離という情報を同時に得て両方向に引っ張られるという状況により生じる。それが極端であると、CANの中の連携がちぐはぐになり、子供も解離を起こすという。つまり解離とはこのCAN内の齟齬、不調和という形をとるのである。ここでその不調和は、たとえば副交感神経のうちより洗練された腹部の機能から、同じ副交感神経の背部の機能に移ってしまうという形をとるという。この理論の支えになっているのが、ポージス Porges という研究者の理論である。彼によれば迷走神経は、進化論的により新しい腹側迷走神経と、より古い背側迷走神経に分かれ、ストレス時にはその支配が腹側から背側へと移り(これを私は「背に腹を変えられなくなり」と覚えている)、より原始的な反射としての解離状態が生じるというわけである。
解離と右脳との関係(というよりは幼少時のトラウマと右脳の機能不全)については近年になりさらにいろいろなエビデンスが出されているようだ(D book p.22)。霊長類に関する研究では、フリージング状態では、右前頭葉の過活動(直観的には活動低下と思うのだが)とストレスホルモンの一種のコルチゾールのベレルの低下がみられるという。ラットでも右頭頂葉の病変により、一定の条件下で生じていたフリージング現象が起きなくなるという研究もある。とにかく霊長類とか幼児に見られるフリージングとは背側迷走神経の興奮と徐脈とが関係し、それは深刻な病的解離であるというのがショアの説明である。
ところでここは補足であるが、解離において起きていることを明らかにするということは、これまでの恐怖の際のキャノンの理論、つまり「fight-flight response 闘争-逃避反応」だけでは物足りないという理解を私たちに促す。私もすでにこのことについて書いているが、要するにキャノンのストレス時の二つのFの理論に加え、もうひとつのFが加わるのである。つまりストレス時には固まり反応 freeze response も加わるのだ。そしてそれだけではなくもう一つPが加わり、それが麻痺反応 paralysis であるという。すると危機の際の反応は、
積極的なもの・・・・闘争、逃避
消極的なもの・・・・固まり、麻痺
の二種類に分かれることになる。そして後者の消極的なものは解離に関係づけられるというわけである。このうち固まり反射と麻痺との違いは、前者はまだ意識があるが、後者は意識がない状態ということだが、これは背側迷走神経核の興奮の度合いにより異なるらしい。ショックの際に徐脈になる反応というのが知られているが(fear bradycardia 恐怖徐脈)それがさらに深刻になると失神に至るということだ。

ともかくも現代的な恐怖反応は、もはや「FF」ではなく、「FFFP」であるということは、記憶にとどめておきたい。