2014年10月1日水曜日

脳と心(1)

オトナの事情続きで、なかなか本題のカイリに戻れない。ということでしばらくは脳の話。何でやねん。
 脳を知ることで心を知るということはどういうことか?そもそも脳で起きていることは見えなかった。というより心が脳に宿るということさえ定かでなかった。心=心臓という図式が様々な言語であてはまるように、心はずっと頭より下にある心臓に宿っていると考えられていたからだ。では脳が心の座としてクローズアップされてきたのは歴史上いつか?私にとっては、やはりブローカ中枢の発見と脳波の発見が極め付きだと思う。つまり過去150年ほどのことだ。
頭部外傷で言葉がしゃべれないようになった人の脳を死後に解剖すると、みな左前頭葉の一部に損傷があるということを発見したのが、フランスのポール・ブローカである。彼が失語症の病変部を発見したのが、1860年代。脳のある部分が人間の心の機能に対応しているということがわかったのが19世紀だったのだ。
他方の脳波は1929 ドイツの精神科医ハンス・ベルガーによるヒトでの初めての報告。脳には非常に微弱な電気活動が生じているという、これも大発見である。程なくしててんかんはその電気的な嵐が起きていることがわかった。それまでてんかんは狐憑きなど憑依現象と誤認され、患者は差別の対象となることがあったのである。
恐らくそれまでは心(≒魂)は全く漠然としたものだった。それが脳という一種の座を持っていることがわかった。
もうひとつ付け加えるとしたら、カナダの脳外科医ペンフィールドの仕事だろうか。彼はてんかん患者の手術部位の決定に際し、人の大脳皮質を電気刺激し、運動野や体性感覚野と体部位との対応関係をまとめた。1930年代のことだった。これもすごい業績である。脳の活動と体の感覚や運動がかなり正確に対応しているという発見だった。もう誰も心が脳とは無関係だとは考えなくなった。
私は脳の活動が可視化されるということでひとつの最大のメリットはなんだったのか?それは患者さんの訴えを人が信用するようになったということだ。てんかんを考えてみよう。昔はてんかんもヒステリーも一緒に分類されていた。19世紀の末に、シャルコーがサルペトリエール病院の「女性痙攣病棟」を担当したが、そこではてんかんもヒステリーも同類に扱われていたことになる。そしてそれらはいずれも一種の憑き物、ないしは女性の性的欲求不満の表れであるとされた。(シャルコーはそれらの考えを否定して新しいヒステリー概念を作り上げるのであるが、逆にそれまでの精神医学の歴史では、てんかんの病理をまともに扱っていなかったことになる。)しかしてんかん発作が、脳で起きている高電圧の同期化した電気的な活動であることがわかってからは、それが「病気」であり、治療の対象であり、患者はむしろその犠牲者であるという見方に貢献するようになった。症状はそれまでの意図的で周囲の気を惹くようなものから、患者自身には意図的にコントロールしがたいものと理解されるようになった。脳の活動を可視化することには、このように症状の見方を一変させる作用があった。それはある意味では患者自身による症状を病理をコントロールしがたいものとしてとらえる方向性につながったのだ。
最近の例を見てみよう。アスペルガー障害において、脳の下前頭回の働きが低下していることが分かった。患者はわざと人の気持ちを無視しているのではなく、それ自身が患者の持つ生物学的な条件により生じた症状であるということが分かった。こうなるとアスペルガー障害の原因としてともすると論じられてきた(少なくとも)母親の養育上の問題というのも見当違いだったということになる。
以下はネットから。
https://ds-pharma.jp/literature/psychoabstract/article/2011/04_02_25.html

自閉症の対人コミュニケーションの障害に下前頭回弁蓋部の体積減少が関与
東京大学医学部附属病院精神神経科 山末 英典
Biological Psychiatry, 68, 1141-1147, 2010
〈背景〉自閉症やアスペルガー障害を含む自閉症スペクトラム障害の中核症状は,相手や場の状況に合わせた振る舞いができないといった対人相互作用の障害である。機能的磁気共鳴画像(Functional-MRI)などを用いた研究によって,他者の模倣を通して共感や協調に関わる下前頭回の弁蓋部が,この対人相互作用の障害に関与すると推測されていた。しかし,同部位の形態異常については明らかになっていなかった。
〈方法〉自閉症スペクトラム障害と診断された,知的には平均以上の13名の成人男性当事者と,年齢,両親の社会経済状況及び知能指数等の背景情報に差がない11名の定型発達の男性が研究に参加した。脳溝パターンの個人差も考慮の上,用手的な体積計測方法を用いて,頭部MRI上で下前頭回の体積を弁蓋部と三角部に区分して測定した(図1)。この弁蓋部が下前頭回の後部を成し,主にブロードマンの44野に相当する。一方,三角部は下前頭回の前部を成し,主にブロードマンの45野に相当する。この用手的体積測定方法は高い被験者間及び被験者内一致度を示した。
〈結果〉自閉症スペクトラム障害当事者のグループでは,定型発達の対照と比べ,下前頭回の灰白質体積が左右共に弁蓋部も三角部も統計学的に有意に小さかった(図2)。効果量で示される体積減少の程度は弁蓋部(1.25)の方が三角部(0.9)よりも大きかった。そして,特に右半球の弁蓋部の体積が小さい者ほど模倣等を介した対人コミュニケーションの障害が重度であることを示す有意な相関が見出された(図3)。
〈考察〉 本研究結果から,ヒトミラーニューロンシステムの中心部位と考えられている下前頭回の弁蓋部が,自閉症の対人相互作用の障害に脳形態レベルでの重要な関与を持つことが示唆された。