2014年7月29日火曜日

トラウマ記憶と解離の治療(推敲)26

神経回路同士のつながりが不完全な場合
これらの三つの例においては神経回路の疎通性の成立ということを、記憶やイメージの改編の仕組みとして考えた。この場合その記憶の改編はかなり具体的な脳のレベルでのシナプスの形成によるものと考えることができる。なぜならAさんが産業スパイであるという思考、CさんがD県人であるという思考、Eさんに被害を与えたFは殺人者であったという思考は、それ自身がかなり具体的な事実認定であり、そのシナプスの形成はその根拠が保障されているからである。それはたとえばAさんが産業スパイではないか、と単に想像しているだけであったり、Cさんが同県人ではないかという噂を聞いただけであるという場合とはかなり異なる。それらの場合はいっぺんに相手に対する印象が変わるということはないであろう。それ等の可能性はAさんやCさんに対するそのほかの様々な属性と同様、不確実なものであるが、それはAさんについてそれ以外にもたくさんある不可実な可能性と同様である。それらとはすなわちAさんが「本当は悪い人間ではない可能性」とか、「何らかの理由で私に恨みを持っている可能性」「ゲイである可能性」などと同様である。
 このような場合は、神経回路AとB、CとDとのつながりはどうなっているのであろうか?私の推測ではあるが、そのつながりは不完全で、シナプス形成はかなり弱い(細い?)ことになるであろう。すなわちAが興奮しているときのBの共鳴の仕方が十分でなく、それは主観的にそのつながりの弱さを、つまりはその結びつきが可能態でしかないことを感じさせるのであろう。
たとえば次のような思考実験をしてみる。同僚CさんがD県出身であるということを、しばらく前にどこかで聞いていた気がするが思い出せない、という状況である。その時はまだCさんに出会っていず、その人となりに特に関心もなかった。そしてその新人の出身地が何らかの形で伝えられた時から時間がたっているために、その記憶もすでにあいまいになっているのである。この場合はそれを聞いていた時には記憶をしていた内容が「消去」されかかっていた状況と考えると、シナプスの結合が弱くなっていると考えることができる。そう、「~かもしれない」と想像している状況とあまり変わらないのだ。
この時の神経ネットワークAとBとの関係は微妙である。両者はつながっているようでつながっていない。それは想像上一時的につなげることはできるが、いわばその時だけ臨時に梯子をかけたような状態であり、実際のシナプス結合には至らない。あなたはAさんの挙動から産業スパイではないか、とふと思ったとする。実際にそうだとすると納得のいくような挙動が多々見られると考える。しかし「そんなバカな」「俺は何を夢想しているんだろう」という形で打ち消した途端、一時的に共鳴していた神経回路AとBはすぐその共鳴をやめてしまう。想像していた時はAとBを一時的につなげてみただけであり、それは実際のシナプス形成にはつながらない。もしそれがシナプス形成を多少なりとも生むとしたら、Aさんが産業スパイであるということを何度も想像するうちに確信に至ることにもなりかねないが、その種の精神病理が存在することは論を待たないとしても、ふつうはそれは生じないのである。