2014年7月28日月曜日

トラウマ記憶と解離の治療(推敲)25

Aさんがスパイであるということを知らされることで、Aさんに対する見方が一変するという例を挙げたわけであるが、これは記憶や観念の性質が、ある種の意味付けを与えられることで改変を受けるという例と考えられる。
同様の例をもう一つ挙げておこう。あなたの職場に新しく入った同僚Cさん。どうもいい印象がない。面と向かって話したことは一度もないが、いつも人を見下すような、自信ありげな強い口調がいけ好かないと感じている。ところがある時、そのCさんが、D県のある高校の出身であることを知った。あなたもD県出身である。「なんだ、同郷ではないか。しかも同じ地元だ」それに話を聞くと学年もあなたとあまり違わず、ということはどこかですれ違っていた可能性もある。すると途端にCさんに対する印象が違って来る。自分はD県人出身の人間はとっつきにくいが悪い人間はいないと思っている。Cさんもぶっきらぼうで言葉は荒っぽいが、人は悪くないのかもしれない。今度飲みに誘ってみよう、と思うようになった。
 この場合CさんとD県人との神経ネットワークは一本でつながったことになる。するとCさんのイメージは、D県人というイメージに強く影響を受けることになり、あなたのCさんに対する心証はガラッと変わってしまうことになるだろう。
ところでこのような神経ネットワークの成立は、それまでの非外傷的な体験を外傷体験に変えてしまうという作用も有する。そのような例を米国滞在中に聞いた。ある女性(Eさん、としよう)はある男性 F に付きまとわれて、危うく性被害に遭うという体験を持っていた。彼女はそれに傷つきはしたが、さほど深刻な反応は起こさなかった。ところが後になって捕まった男性 F は、何人かの女性に性的暴行を加えたあげくに殺害していたということがわかり、それが大きく報道された。その報道に接して、自分にトラウマを負わせた男が実は殺人犯であったことを知った E さんは大きなショックを受け、「一歩間違えれば自分は殺されるところだった」と思ったという。その時からフラッシュバックや感覚鈍麻などを伴ったPTSD 症状が始まったのだ。
この E さんに関して生じたのは以下のことだろう。F に付きまとわれた記憶はネットワークを形成していたが、それ自身はさほどトウラマにはなっていなかった。しかし F が殺人者と知り、その記憶のネットワークが興奮するときは殺人者という恐ろしいイメージとともに興奮することで、その記憶の一つ一つが異なった意味合いを持つようになった。その結果として付きまとわれの記憶はことごとくフラッシュバックを伴うほどに外傷性の意味合いを持ってしまったのである。