PTSDの際に問題となるようなおそれに関する記憶がどのように形成されるかについては、この20年ほどで急速に研究が進んでいる。その発端となった研究の一つが、ドクタ―・ルドゥ(LeDoux)らの1999年に発表された研究だ。 動物に中立的な(つまり特に痛み刺激や快感刺激ではない)刺激(たとえばベルの音)を与えて、そのあとに不快刺激(たとえば肢への電気ショック)を与える。いわゆる典型的な条件刺激だ。その際に脳の扁桃核にタンパク質合成阻害剤(アニソマイシンやサイクロヘキシミドなど)やメッセンジャーRNA阻害剤を注入すると、条件付けが阻害されるというものだ。(Bailey DJ, Kim JJ, Sun W, Thompson RF, Helmstetter FJ. 1999.
Acquisition of fear conditioning in rats requires the synthesis of mRNA in the
amygdala. Behav Neurosci 113: 276–282.)
その後同様の実験が行われ、扁桃核の中でも特に外側扁桃核が、この恐怖の条件刺激に決定的な役割を果たしているということが分かったのだ。
とても重要な「再固定化」の概念
さてルドゥー先生の最初の研究は、情動的な体験についての記憶がいかに形成されるかについてのものだった。しかし一度形成された情動体験の記憶をどのように記憶を書き換えたり、それを忘れるという試みは可能なのだろうか?
これが臨床的には非常に重要になってくる。なぜなら治療者のもとを訪れる人の大半は、自然に薄れることがなく、いつまでもよみがえってくる記憶に悩まされているからである。このテーマの関連で、最近脳科学界をにぎわせているのが、reconsolidation 再固定化という概念だ。(Solid は固体、con-solidateは固化する、固定する。するとreconsolidate 再固定ということになる。)要するにいったん固定されたはずの記憶が、書き直されてまた固定されるという現象だ。すべての治療は、この再固定化を目標とするといっていい。