2014年7月10日木曜日

トラウマ記憶と解離の治療(推敲)10

ちなみにちなみに・・・・
以下のような例は、このブログで扱っているミスマッチとは関係があるのだろうか?少し引用は長いが。ネットから(http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140509/waf14050907000001-n1.htmの引用だ。
  
MSN産経ニュースWest 2014.5.9 07:00
薬物依存の新治療法「疑似注射」の効果は…静脈にあてた注射器「蘇る高揚感」

 覚醒剤などの薬物依存を克服するために戦っている患者に、注射器を積極的に「提供」する病院が大阪府富田林市にある。依存から脱却するためには、薬そのものや、それを摂取するための注射器などは目の届かないところに遠ざけるのが通例のように思われてきたが、この病院では逆に、脳の働きを利用し、本物そっくりに似せた注射器による“疑似本番”で欲求を徐々に薄めていくのが狙いだ。「薬物使用」→「刑務所生活」→「釈放後に再び薬物使用」という負のサイクルに楔(くさび)を打ち込む新治療法として患者は年々増加しており、司法関係者らの注目も集めている。
「射精の感覚」腕に注射器あてるだけで…
 川のほとりに建つ「汐の宮温泉病院」(富田林市伏見堂)。4月中旬、アルコール依存症患者ら約20人が集まった院内ホールに、注射器を手にした4人の男女の姿があった。昨年10月から入院している兵庫県の男性(42)が、白い粉(食塩)を混ぜた水を、注射器に流し込む。中指で表面をはじきながら、慎重に水泡を抜いていく。針のない先端を静脈にあてピストンを押し戻すと、内蔵された赤黒いインクが筒内ににじんだ。「心臓がドキドキして、のどが渇く。『自分はなんでもできる』。あの高揚感が、蘇るんです」。男性がそうつぶやくと、隣にいた堺市の男性(27)も「針を刺していないのに、性交で射精するときの感覚が味わえる。初めて注射したときはびっくりした」とうなずいた。
原理は「パブロフの犬」
 偽物の注射器を扱うだけで、なぜ薬物使用時の感覚が再現されるのか。そして、快楽の記憶を呼び覚ます「疑似注射」が治療に結びつくのか。疑問をぶつけると、同院の中元総一郎医師は「パブロフの犬」という聞き覚えのある言葉で説明を始めた。 ベルを鳴らしてから犬に餌を与える行為を続けると、犬は次第に、ベルの音を聞くだけでよだれを出すようになる。薬物依存症患者も同様に、覚醒剤の報道に接したり、注射器を見るだけで使用時の感覚が再現される「条件反射」が形成されているという。
 条件反射は理性をつかさどる神経系統を経由せずに起こる。そのため、「二度と薬物を使わない」と強固な意志があっても、再び薬物に手を染めてしまうのだ。
 中元医師らが取り組む「条件反射制御法」は、条件反射を引き起こすようなシチュエーションを繰り返し再現する。「ベルが鳴っても餌がもらえない」という体験を続けることで、「ベルが鳴る」→「餌がもらえる」という条件反射を鈍くさせるのが狙いだ。疑似注射は条件反射制御法のプログラムの1つで、200回以上反復するうちに高揚感などが薄れていくという。
研究の原点は患者の「便意」
 「仲間同士でクスリを使う直前、なぜかみんなトイレに行列を作る」。疑似注射の原点は、下総精神医療センター(千葉市)の平井慎二医師が患者から聞いた不可解な話だった。
 平井医師らが患者への聞き取りを進める中で「覚醒剤を使用すると腸がゆるむ」経験が、「覚醒剤を見るだけで便意が生じる」という条件反射の形成につながっていたことが判明。「条件反射の反応を低減させる」という新治療法の発想に結びついた。
 同センターで平井医師らとともに研究に取り組んでいた中元医師が平成23年、汐の宮温泉病院に転勤し、関西の患者に対する本格的な治療も始まった。疑似注射などを使った薬物治療に救いを求め同院に入院した患者は同年度の15人から24年度が約30人、25年度が55人と急激に増加している。
「依存脱却」、実証は未知数
 新治療法は、司法の「常識」も覆した。 薬物使用の再犯などで起訴され、実刑を受ける可能性の高い被告はこれまで、判決確定前に保釈が認められるケースは極めて少なかった。しかし、2312月に覚せい剤取締法違反罪などで起訴され、西谷裕子弁護士(大阪弁護士会)が弁護を担当した女性被告の事件で、大阪地裁は汐の宮温泉病院での生活を条件とした保釈を認める異例の決定を出した。
 西谷弁護士はその後、同様の事案計5件で被告の保釈を請求、いずれも認められた。西谷弁護士は「『もう刑務所に行きたくない』。逮捕から収監までの間に常習者の更生への意思は最も強くなる」と指摘し、「この期間に保釈されれば治療に真摯(しんし)に向き合うため、再犯防止にも大きく寄与するはず」と期待を込める。
 ただ、新治療法は緒に就いたばかりで、薬物依存脱却に長期的な効果が見込めるかは未知数だ。汐の宮温泉病院のプログラムを終えた患者でも、約半数は1年以内に再び薬物を使用しており、治療の実効性を高めようと試行錯誤が続く。中元医師は「社会性が低下している患者に治療と向き合あってもらうにはどうすればいいのか。課題を挙げればきりがない」と認めた上で、「十分な期間治療を継続できれば効果は見込める。取り組みを広げる活動を続けていきたい」と話している。
  
さて、この例は、実は「消去 extinction」の例ということが出来るだろう、というのが私の考えだ。消去と再固定化は違う。再固定化とは、ネズミにベルの音を鳴らした後に、肢に対するショックではなく、たとえばミルクを与えるということだ。消去は、電気ショックを与えない、ということを繰り返すということだ。実は「例の本」ではこの両者が明らかに違うといっているのだ。ただしこう言ったうえで正直に告白すると、私は両者の明白な違いは理解していない。というよりか消去のプロセスは再固定化の要素を含んでいるような場合があるように思えてならない。なぜなら足にショックが加えられないのは、明らかに予想外であり、ミスマッチだからである。
ただしこの例にみられるような、偽の注射器による治療は、ある意味ではとても工夫された消去であるということがわかる。先ほどのネズミの例で言えば、肢へのショックの持続時間が、それまで1秒続いていたのが、ほんの0.1秒で終わる、とか。つまりショックの雰囲気は続いているが苦痛そのものの量がうんと小さくなるという形で行われる消去。
私は以前から不思議に思っていたのだが、毎日10本のビールを飲み続けていた人が、断酒をする際に、冷たく冷やしたノンアルコールビールでもなんとかやっていけるということがある。どうして肝心のアルコールがないのに、それでも満足をある程度味わえるか、ということだ。タバコで言えば「電子タバコ」、つまり吸うと先から湯気が出て豆電球が赤く光るように作られたロボットタバコである程度やり過ごせる人である。それは快感中枢の刺激には、純粋のアルコールやニコチン以外の様々な刺激が関与しているということである。ちょうどカツ丼が好きな人が、カツを抜いたコロモだけの「コロモ丼」でもある程度満足するようなものか。(吉野家やすき家も思い切って作ればいいのに。「コロモ丼。150円」とか。)
冗談はともかく。この「消去」の手法は、たとえば誰かが薬物を打っているシーンを見て「俺もまたやりたい!」という衝動を抑えるのには一役買っているのだと思う。ただし薬物そのものからくる快感を忘れたわけではない以上、あの快感をもう一度、と渇望する人を助けることはなかなか難しいのだろう。だから半数は再びはじめてしまうのだ。町と本当のカツの部分に餓えた人にはコロモ丼はあまり有効ではないように。

コロモ丼