2014年6月11日水曜日

解離の治療論 (56)

 ショア先生の論文は終わりに近づいているが、ここで先生が強調するのが自己 self の概念である。脳の発達とは自己の発達であり、それはもうひとつの自己(典型的な場合は母親のそれ)との交流により成立する、というわけである。
さてそこで本題に近づくのであるが、ショア先生は、自己の表象は、左脳と右脳の両方に別々に存在するという。前者には言語的な自己表象が、後者には情緒的な自己表象が関係しているというわけだ。この右脳の自己表象とは、フロイトの無意識や、非明示的な情報処理とも関係しているということだ。さてこのままだと右脳の自己というのはなにやら抽象的でつかみどころのないものなのだが、一説によると右脳の非言語的な自己を支えているのが、情緒的に際立った体験と記憶であるという(D book 127)。つまり具体的な体験や記憶がその右脳の自己のネットワークを紡いでいるということだ。自己、といってもその具体的な内容は、神経ネットワークであり、それは記憶により成立しているものだ。そしてそれを妨害し、そのネットワークの成立を根底から揺るがすのがトラウマ体験であるという。
 右脳に関する記述は続く。ショア先生、それにしてもどうしてここまで右脳にこだわるのだろう? 離人体験は右脳の統合機能の低下であるという(Spitzer, 2004)。また昨日から何度も出ていた恐怖徐脈にしても、心機能をつかさどっているのは右側の自律神経叢であるという。また右側の島皮質も恐怖に対する知覚的な予期などとともに、例の恐怖徐脈にも関係していると書かれている。

 やれやれ、なんか大変な論文だったな。