4.これからの精神療法家とトリアージ機能
最後に今後の精神療法家のあり方に関して、そのトリアージ機能の重要性について論じたい。トリアージtriageとは選別、格付けという意味であり、患者の必要に応じてそれを用いる専門的な治療者に振り分けることをさす。トリアージ機能とはある意味ではスキルを用いるためのスキル、すなわちメタスキルを用いることを意味するが、それはそれを行う療法家がことさら技法を用いる必要はない、というわけでは決してない。むしろ療法家はいくつかの基礎的な技法を網羅的に習得していなくてはならなくなるであろう。なぜなら精神療法家が患者の訴えを聞き、どのような治療的なアプローチや技法がその患者にあっているかを知るためには、実際にそれを試みて感触を得てもらうことがどうしても必要になる場合が多いからだ。
例えばトラウマ記憶を抱えた患者がEMDRに興味を持ち、それが自分に合うかどうかを療法家に尋ねることがある。もしEMDRに対して実際に施したりトレーニングを受けたりしたことのない療法家であれば、「私にはわかりませんので、EMDRの専門家に一度お話をお聞きになってもらってください。」以上の返答をできないことになる。それではトリアージの機能を果たしたことにはほとんどなっていないことになる。しかしある程度EMDRのトレーニングの経験を持っている療法家の場合は、それについてさらに具体的に説明することができ、またその治療状況によっては実際にそれを患者に試みることさえも可能だろう。同様のことは行動療法的なアプローチについても、認知療法についても言えるのだ。
患者が書店に行き、さまざまな精神療法の本が集められているコーナーに行くことを想像しよう。そこで自分に合った治療法を探るために様々な本を手に取ってみる。ある本にはしばらく見入った後に、ある本はパラパラとめくっただけで次の本を手に取るだろう。そしていろいろな本に目を通したあげく、「これはいいかもしれない」と思える本を2,3冊持ってレジに向かうだろう。これを比喩として用いるならば、トリアージ機能を備えた療法家は、患者の話を聞いて、これはどうかと思える2,3冊を選び、患者にその一部を読んで聞かせるようなものである。どの程度適当な本を見つけ出すことができるかはその療法家の経験がものをいうことになる。
ただしいくらトリアージ機能に長けた療法家でもある種の限界を持つ。同じ書店の比喩を用いるならば、結局は自分の得意な治療法についての本を2,3冊患者に示してしまうということが非常に多いということだ。一般に療法家が経験を積むということは、広く浅くというよりは狭く深くという方向に向かうことを意味する。少なくとも日本の現状ではそうだ。おすすめの2,3冊を選ぶ際に、トリアージ機能の枠を超えたバイアスをかけてしまっている可能性が高いというわけである。ただしこの種のバイアスはその治療者のスタイルとも考えられ、それをあながち否定することはできない。しかし少なくとも理想的なトリアージに近い機能を発揮する療法家は、さまざまな異なる治療法について知っていて、自分が熟知する種類の治療とは異なる幾つかの治療手段も有効である可能性を考慮出来なくてはならないのだ。
以上今後の力動精神療法のあり方について筆者なりの考えをまとめた。ただし同じ力動的精神療法でも療法家により様々な考えを有するのであり、ここに記したのはあくまでも筆者の個人的な見解であるということを最後に申し添えたい。