2013年7月2日火曜日

精神療法はどこに向かうのか 改訂版 (4)


3.関係論的な枠組みの重要性

次は筆者が治療を行う際の概念的な枠組みないしは理論的な根拠としている関係性理論ないし関係精神分析の観点に関するものである。米国において最近広がりを見せる関係精神分析と呼ばれる学派は、古くはサリバン派に代表されるような対人関係学派の流れをくむ。HS.サリバンは、精神療法においては、治療者は関与しながらの観察participant observation を行うべきものだとした。すなわち治療者は単なる客観的な観察者としての立場から治療を施すものではなく、患者と関わりつつその特徴や病理を把握するべき存在であるということだ。そのサリバンの教えをくみつつ新しい精神分析の流れを形成しているのが関係精神分析学派であるが、そこで提唱されている治療指針は、単なる治療技法というよりは、より臨床のリアリティに近づくために考案された治療哲学に支えられていると考えることができる。すなわち従来の精神分析療法が「精神分析とはこうあるべきである」という流れであるのに比べて、「現実の精神分析状況では実際にはこのようなことが起きている」という観察に基づいたものといえる。
 関係精神分析が批判の対象とするのは、いわゆる一者心理学one person psychology すなわち患者個人の中に病理を見出し、それを解釈を中心とした技法により治療するという立場で、伝統的な精神分析理論にもとづく学派の多くがその対象となる。ただしその出自がもともとは精神分析の本流とはみなされなかったサリバン派であることから、それを本格的な、正当の精神分析とみなさないという立場も当然存在する。
 関係論的なアプローチのもう一つの特徴は、治療状況における患者と治療者の関係性を創発的なものとする見方であろう。すなわち治療状況とは患者の病理を見出すものというだけではなく、両者により新たな関係性を創り、あるいはそれが創られているという現実を受け入れることである。
 例えば患者が自分の父親との関係についての、さまざまな感情の入り混じった思い出を語るとしよう。そしてその治療者に対しても父親に向けたものと類似の感情を抱き始めていたとする。従来の精神分析では、それを父親転移的な要素をはらんでいると考え、それを治療的に扱うことを考える。しかし関係論的な枠組みでは転移という概念そのものにも批判的な目を向ける。すなわち患者が治療者に向けている感情には、転移以外のさまざまなものも含まれ、そこにはその治療者と患者の関係性に独特の、そしておそらくはその日その時の治療的な文脈に依存した新たな関係性が生じていると考える。それは過去の繰り返しとしての転移関係だけではとらえきれない関係性であり、そこには治療者の個性や個人的な体験という「持ち出し分」ないしはエナクトメントの要素も介在しているということに注目する。そしてそれを非治療的なものとして棄却したりせず、むしろ治療的に用いることという方針をとるのである。
 関係論的な枠組みが将来ますます重要になる根拠のひとつはその包括性にある。関係精神分析ないしは関係精神療法はたくさんの理論の集合体であり、そこにさまざまな流れを含みうる。対人関係学派やコフート学派、間主観性理論はもとより、従来は精神分析の範疇に属さなかったトラウマ理論、解離理論、フェミニズムといったテーマは関係精神分析ではいずれも重要な要素を占め、その参加者も年毎に増しているという現状がある。