2013年7月15日月曜日

こんなの書いたなあ (12)

こころの科学 165 トラウマ岡崎祐士 (監修), 青木省三 (監修), 宮岡等 (監修), 加藤  (編集 2012年 所収

トラウマと解離 

はじめに
本稿ではトラウマと解離との関係について考察する。ちなみにこの特集で用いられている「トラウマ」という表現は、最近頻繁にわが国の書籍や文献に見られるようになっているが、その用いられる文脈から、この「トラウマ」は心の傷、つまり従来「心的外傷」とか「精神的外傷」と表現されてきたものとみなすことが出来るため、ここでもそれに準じることにする。
 本稿の趣旨は、トラウマと解離性障害の疫学的な関連について述べることであるが、同時に最近の新しい動向、すなわち母子間の愛着の問題やストレスもまた解離の原因として注目されるようになっているという事情についても述べたい。
心の傷としてのトラウマの概念への関心は、わが国でもここ20~30年の間に急速に高まってきた。そこにはアメリカの精神医学の診断基準であるDSM1980年度版(1)に登場した心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder, 以下PTSDと表記する)の概念が大きく影響しているであろう。さらには1995年に私たちを襲った阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件、そして昨年の東日本大震災が、私たちに心の傷の意味を考えさせる機会を与えたのである。
 解離性障害とトラウマについては、両者の深い関連性は精神医学的にはひとつの「常識」となっている。心に衝撃を受けた際の一過性の深刻な解離症状は、急性ストレス障害 Acute stress disorder (2)として知られ、さまざまな臨床研究がなされている。ショックを受けて一時的にボーッとなったり、今自分がどこにいるのか分からなかったり、まるで映画のワンシーンを見ている様な気がしたり、あるいはこれまでの人生で起きたことがパノラマのように目の前に現れたり、ということはみな解離の一種と考えられるわけだ。しかし繰り返される深刻な解離症状については、その原因ははるか昔の、幼少時にさかのぼることが多い。ここで深刻な解離症状とは、人格交代現象などを伴う、いわゆる多重人格、ないし最近では解離性同一性障害(dissociative identity disorder, 以下DID)と呼ばれる状態である(2)   
 このような事情から解離性障害はPTSDとともに、トラウマ関連障害の代表的なものとして理解されている。しかしトラウマと解離性障害の発症との因果関係を示すことは、実は決して容易ではないという事情がある。PTSDの場合はトラウマの多くは成人期のある限定された機会に生じたもの、あるいは一回限りのもので、発症に先立つ3ヶ月以内に見られることが多い。またそのトラウマはそれを引き起こした出来事が実際に報告されていることも少なくない。たとえば19951月の阪神淡路大震災の後に多くの被害者がPTSDを発症したという事実が知られるが、その大震災そのものは世間では誰もが共有している客観的な事実である。ところがDIDの場合は、既に述べたようにその原因となるトラウマの多くは、幼少時にさかのぼることが多い。そのためにその事実関係や背景となる事情に客観的な裏付けを与えることはそれだけ困難となるのである。
解離とトラウマの関係が認識されなかった時期
病的な解離とトラウマの関係が本格的に注目されるようになったのは、比較的最近のことである。それまでは解離という概念そのものが一般に知られていなかった。解離という概念が19世紀末にジャネらにより用いられるまでは、それぞれの現象に異なる呼称が与えられていた。それらは夢中歩行、催眠、交霊会、憑依、話す文字盤等と呼ばれた。また深刻な解離現象としてはヒステリーとして一括されて扱われてきた。そしてそれらの現象とトラウマは別に結び付けられてはいなかったのである。ヒステリーに関してなどは、それが女性にのみ見られ、女性の性的な欲求が満たされないために子宮が遊走することが原因であるなどという妄言が支配的であった。
 18世紀にいわゆる「動物磁気animal magnetism」を考案したメスメルは、事実上催眠を通して解離現象を治療的に扱った最初の臨床家の一人と考えられている。その弟子のひとりであったM・ピュイセギュールは、いわゆる「受身的な発作passive crisisにおいて、人格の交代が起きることを発見した。そして同様の現象は、ヒステリーで生じやすいことを見出した(10)。
 その後の催眠の臨床的な応用の歴史については、以下のシャルコーに関する記述に譲るが、メスメルに始まる催眠療法の流れは現在まで連綿と続いている。しかしそこでは被催眠性とトラウマとの関係性は積極的に論じられない傾向にある。近年の催眠学界に大きな影響力を及ぼしたミルトン・エリクソンの著作にも、トラウマの問題はほとんど扱われていない(25)。また近年ヒルガードにより提出された「ネオディソシエーション」の理論(13)についても同様である。
 ヒルガードは催眠の際に、被験者に「これから痛み刺激を与えますが、それをあなたは感じません」という暗示を与えた。そして催眠状態において彼に痛み刺激を与えて、それを彼が感じていないということを確かめた。その後に被験者の中に「隠れた観察者」を呼び出すと、その観察者は痛みを感じていることを伝えた。ヒルガードはこのように人の意識には観察している部分が別に備わっており、それが分離して振舞うという様子を示したのである。
最近の「被催眠性の高い人々 The Highly Hypnotizable Person」という著作(12)は、現代において催眠の立場から解離現象をどのようにとらえるかを知る上で参考になる。高い被催眠性を有する人々には、解離性の病理を有する人が含まれる可能性が高いからだ。しかしそれを参照しても幼少時のトラウマと被催眠性を関連付ける記載は見出せない。それは催眠の研究者たちが、むしろ被催眠性を一つの能力として捉え、治療に積極的に用いるという傾向と関係しているであろう。その立場からは、解離傾向を幼少時のトラウマに起因するものという捉え方はなじまないことになる。本来催眠の立場からの解離の理解は、その由来ではなく、その現時点での意識の構造に向けられるものなのだ(9)。
解離とトラウマ:シャルコーの果たした役割
解離とトラウマに関する理解が進められた歴史の中で、ジャン=マルタン・シャルコーの果たした影響は極めて大きかった。彼はそれまで医学の俎上にすら載らなかったヒステリーが、トラウマや身体的な外傷を基盤にして生じるという点に注目をし、同時代人のフロイトやジャネに大きな影響を与えたのであった。
 シャルコーの影響下にあって催眠を学んだフロイトは、ウィーンに戻ってから催眠を用いてヒステリーの治療をおこない、ヒステリーの性的外傷説(性的誘惑説)を唱えた。1896年に発表した「ヒステリーの病因について」(11)で、フロイトは自らが扱った18例のヒステリー患者全員に、幼児期の性的な誘惑という形でのトラウマがあったと述べている。しかしその翌年には、この説を放棄し、その後精神分析理論を打ち立てることとなった。フロイトがやや唐突な形で行ったこの方向転換の経緯は、その後マッソン(17)によりややセンセーショナルに報告されたことで物議をかもしたことは知られる。
 
マッソンは、フロイトは実はヒステリーがトラウマにより生じるという考えを捨てたわけではなかったが、それにより精神分析が社会から受け入れられなくなることを恐れて取り下げた、と論じた。このマッソンの見解は賛否両論を呼んだが、そこで問題とされた性的なトラウマの記憶の信憑性をめぐる議論は、現在においても常に再燃する傾向にある。ちなみにこのフロイトの性的外傷説(性的誘惑説)については、筆者はそこに誘惑する子どもの側の加担を想定しているという点で、本当の意味での外傷説ではなかったと考える(21)。
 解離とトラウマとの関連性に関する議論を進めた点でやはりジャネの功績は非常に大きなものであった。ジャネは解離性の人格交代を示す患者に関する詳細な記録や観察を行い、現代でも通用する解離の理論を残した。彼は解離がトラウマと深い関係にあるとしながらも、フロイトのようにトラウマ記憶の回復を主たる治療手段とはしなかった。またフロイトに見られたような、性的外傷に全てを帰するという理論には批判的であったという(8)。トラウマと解離の関係について、ジャネは「トラウマ後のヒステリー」と「トラウマ後の精神衰弱」という分類をおこなっている。前者は記憶が解離しているのに対して、後者では記憶は意識下にあり、繰り返し強迫的に回想される傾向にあるという。またジャネは彼が解離の陽性症状(メンタルアクシデント)と呼ぶものについて特にトラウマに関係しているとし、またトラウマの強さと持続時間により、人格の断片化が増すと考えた(8)。しかしジャネが治療で目指したのは、フロイト試みたようなトラウマ記憶への直接的な介入ではなく、あくまでも人格の統合を目指したものであった。
構造的解離理論の立場 
ここに述べたジャネの理論を基本的に踏襲しつつ、最近新たに理論的な展開を試みているのが、いわゆる構造的解離理論の立場である。いわばジャネ理論の現代バージョンというわけであるが、この理論についても簡単にみてみよう。ヴァンデアハート、ナイエンフイス、スティールの3人はジャネの理論を支柱にして、解離の理論を構築した(24)が、その骨子は、人格は慢性的なトラウマを被ることで構造上の変化を起こすというものである。健常の場合には心的構造の下位システムは統合されているが、トラウマを受けることでそこに断層が生じる。それにより心的構造は、トラウマが起きても表面上正常に保っている部分(“ANP”)と、激しい情動を抱えた部分(“EP”)に分かれるとする。そしてトラウマの重症度に応じてそれぞれがさらに分かれ、人格の構造が複雑化していくと考えるのである。
 彼らの主著「構造的解離理論」(24)はかなり精緻化された論理構成を有する大著であるが、そこで問題となっているトラウマは、結局は明白な「対人トラウマ」(以下に記述する)いうことになる。彼らは解離性障害をトラウマに対する恐怖症の病理であるととらえているが、そのトラウマとして挙げられているのは性的、身体的外傷、情緒的外傷、情緒的ネグレクト(無視、放置、育児放棄)である。そしてそれらを知る上でのツールとして彼らが第一に用いるのが、「トラウマ体験チェックリストTraumatic Experiences Checklist(18).というものだが、これは上に列挙したトラウマが、いつの時期に、どれほど続いたかを記入するといった形式をとる。その前提となっているのは、やはり明白なトラウマの存在が解離の病理を引き起こしているという「常識」であると言わざるを得ない。
DIDと幼児期のトラウマとの関係
1970年代になり解離性障害が注目されるようになって以来、解離性障害の研究や治療に携わってきたエキスパートたちは、その原因として、幼少時の性的ないし身体的虐待などのトラウマを唱える傾向にあった。リチャード・クラフト、コリン・ロッス、フランク・パットナムなどはその例である (23)。彼らの研究によれば、DIDの患者の高率に、性的、身体的虐待の既往が見られるという。最近の欧米の文献ではこれらのトラウマやネグレクトを合わせて「対人トラウマinterpersonal trauma」と表現するようになってきているので、本稿でもこの用語を用いることにする。対人トラウマが解離性障害の原因である、というとらえ方は、以降精神医学におけるひとつの「常識」となった観がある。(ちなみにこの概念と、以下に述べる筆者自身の概念である関係性のトラウマrelational trauma との混同には注意が必要である。)
1980年代にDIDの研究のカリスマとして登場したクラフトはいわゆる「4因子説」14を提唱した。それによると第1因子は、本人の持って生まれた解離傾向であり、第2因子は対人トラウマの存在、第3因子が「患者の解離性の防衛を決定し病態を形成させるような素質や外部からの影響」であり第4因子は保護的な環境の欠如ということである。すなわちクラフトの理論では対人トラウマがDIDの原因として重要な位置を占める。またブラウンとサックスによるいわゆる3 P モデル(7)でも、準備因子、促進的因子、持続的因子のうち促進的因子として親からの虐待等が含まれる。さらにロスの四経路モデルもよく知られるが、それらは児童虐待経路、ネグレクト経路、虚偽性経路、医原性経路であり、そのうち中核的な経路である児童虐待経路が対人トラウマに相当する。このようにこれらのエキスパートの論じた成因論には対人トラウマが解離性障害の主たる原因として登場するが、母子間の微妙な感情的、言語的なズレから来るストレスについての言及はなされていないのである。
解離性障害の原因は愛着障害なのか?
ところで最近になり、上記の解離性障害に関する「常識」にある異変が起きている。解離性障害の病因として患者の生育環境における母子関係の問題が最近検討され始めているからだ。特に親子の間の情緒的な希薄さやミスコミュニケーション等を含んだ愛着の問題が注目されているが、この問題はこれまで主流であった対人トラウマに関する議論に隠れてあまり関心が払われずにいた。昨秋日本を訪れたパットナムもその講演の中で養育の問題が解離に与える影響について何度か言及していたのが記憶に新しい。
 解離性障害と愛着障害を最初に結び付けて論じたのはピーター・バラック(4)とされる。彼は養育者が子供をネグレクトしたり、情緒的な反応を示さなかったりした場合に、その子供は慢性的に情緒的に疎遠となり、それが解離に特有の無反応さemotional unresponsiveness に結びつくと論じた。
 リオッティは子どもが情緒的な危機に瀕した時に、愛着反応が活性化されるという視点を提供している(15, 16)そしていわゆる「混乱型愛着」がDIDに幼少時に見られる傾向にあること、そしてその幼児期の混乱と将来の解離がパラレルな関係にあるという説を提唱した。リオッティによると、不安定で混乱したタイプDの愛着により、自己と他者に関する複数の内的なワーキングモデルが存在することが、DIDの先駆体となるという。これはボールビィ (6) が述べた、養育者の統合されていない内的なワーキングモデルが子供に内在化されるという議論を引き継いだものであった。
 このリオッティの研究を継承したのが、オガワ (19)らの大規模な前向性の研究である。この研究は高リスクの子供126人を19歳になるまで追跡調査した。すると混乱型愛着と養育者が情緒的に関われないことが、臨床レベルでの解離を起こす最も高い予測因子となっていたという。またそれに比してトラウマの因子はあまり貢献が見られないという結果も得られたという。
 解離性障害の形成される過程を愛着の視点から検討することは、これまでの明白な対人トラウマにより解離性障害が起きるという「常識」からは大きく外れることになるが、それは以下に筆者が提唱する関係性のストレスの問題とはむしろ近い関係にある。
解離と「関係性のストレス」
解離性障害が明白な対人トラウマ以外の出来事にも由来するという可能性については、筆者は以前から注目していた。特に解離性障害の患者の幼少時に見られる母親との情緒的なかかわりが大きなストレスとなっているケースに注目し、筆者はかつて「関係性のストレス」という考えを提出した(2022)。つまり明白なトラウマ以外にも、幼少時に親子関係の間で体験される目に見えにくいストレスが、解離の病理の形成に大きくかかわっているという視点である。このテーマについて簡単に解説したい。
 「関係性のストレス」という概念の発想は、筆者のわが国と米国の双方での臨床を通して得られた。患者を取り巻く家庭環境が、両国ではあまりに異なるという印象をかなり以前から持っていたのである。米国の場合には、精神科に受診する女性の患者の非常に多くが、実父ないしは継父からの性的虐待を被っているということが半ば常態化してきた。それは日常の臨床で女性患者の病歴を取る際に歴然としていた。そして筆者はそれが渡米前に数年間持った日本での臨床経験とはかなり事情が異なるのではないかという疑問を抱いた。それでも日本に同様にDIDの存在がみられるとしたら、それは何か別の理由によるのではないか、と考えたわけである。しかしそのような印象は筆者の日本での臨床経験の浅さにも起因しているのではないかとも考えた。
 2004年に帰国してから筆者が出会った日本のDIDのケースの多くは、筆者のそのような印象を裏付けるものだった。多くの患者は米国で見られるような性的、身体的虐待の経歴を有していなかった。父親はおおむね家庭において不在であり、そもそも娘との接触を持つ機会や時間が極めて制限されていた。そしてその分だけ母親は家で子供と取り残され、そこでお互いに強いストレスを及ぼしあっていたのである。そこにはまたわが国における少子化の傾向も関係しているように思われた。
 そしてこの問題についてさらに考察を進めるうちに、筆者は「母親の過剰干渉」対「子供の側の被影響性」という関係性のテーマに行き着いた。日本における「関係性のストレス」とはある意味での母娘の関係の深さが原因であり、そこでは母親が娘に過剰に干渉することと、娘が母親からの影響に極めて敏感であることという相互性があるのではないか、と考えたのである。つまり米国における対人ストレスのように、加害者である親と被害者である子供という一方的な関係とは異なり、日本的な「関係性のストレス」は、まさに関係性の病理と言えるのである。そして親子の関係の中でも特に母娘にそのような関係性が見られることは、DIDが特に女性に多く見られることを説明するようにも思われた。
 そこでこの「関係性のストレス」において、特に娘の側の心に何がおきているのかを、力動的に考えてみた。そしてそれを「娘の側の投影の抑制」と理解した(岡野、2011)
 DIDの病理をもつ多くの患者(ほとんどが女性)が訴えるのは、彼女たちが幼い頃から非常に敏感に母親の意図を感じ取り、それに合わせるようにして振舞ってきたということである。彼女たちは自分独自の考えや感情を持たないわけではない。むしろ持つからこそ、母親のそれを取り入れる際に、自分自身のそれを心の別の場所に隔離して保存することになる。そしてそれが解離の病理を生むと考えられるのだ。
 彼女たちが自分の考えや感情を表現したり、それらの投影や外在化を抑制したりする理由の詳細は不明であり、今後明らかにされるべき問題であろう。ただし何らかの仮説を設けることもできる。一番単純に考えた場合は、娘の主観的な思考や感情が母親のそれと矛盾するということそのものが、娘に心的ストレスを起こすのであろう。その意味ではベイトソンの示したダブルバインド状況(5)が、実は解離性障害を生む危険性に関連していたということになる。この問題については、実は安 (3) がかつて指摘していたことでもある。
 この関係性のストレスの概念は、先述の愛着障害とも深い関連を有することは説明するまでもないであろう。両者は用語の違いこそあれ、類似の現象を言い現わしている可能性がある。愛着という現象が乳幼児の行動上の所見から見出されるものであるならば、その心理的な側面に焦点を当てたのが、この関係性のストレスということが出来る。そして愛着の障害が母親と子供の双方の要因が関与しているのと同様、関係性のストレスも両者の関与により成立することになる。ただし愛着が幼少時に限定されるのに比べて、関係性のストレスは子どもが成長しても、また成人してからも観察される可能性があるという点が特徴といえるだろう。現にDIDの患者の多くはいまだに母親とのストレスに満ちた関係を継続しているという点は、筆者が直接係わった患者の多くから得られた所見であった(20)。
実際の症例を通じて
最後に筆者自身のケースをもとに本稿のテーマについて論じたい。筆者が直接治療に当たったDIDの患者のうち最近の50名(女性45名、男性5名)の患者について幼少時に体験したトラウマの種類を検討した結果以下のことがわかった。まず幼少時の性的虐待ないし性的虐待、性的トラウマに関しては、家族内で生じたものが4例、家族外が4例であった。家族内の内訳は、2名が実父から、1名が実母から、1名が義父からであった。また後者は入院中の担当医、同性のクラスメート、兄の知人、強盗によるものであった。さらに身体的な外傷は17名で、ほとんどが父または母親からのものであった。
 これらの50例のうち、筆者が関係性のストレスが存在していると判断したのは18例であった。このうち身体的虐待と重複したものは5例、性的トラウマと重複したものは見出せなかった。これら18例に関して、親とのストレスについての自分の感情や考えを十分に表現する機会をその当時に持ち合わせていたかと尋ねると、事実上全例がそれを否定した。すなわちそのような状況が解離性障害の成立の前提になっていると考えられるのである。
 50例のうち関係性のストレスを示した18例という数字は決して大きいとはいえないかもしれない。そして解離性障害の成立には、これらの考察ではカバーしきれない様々な事情も存在していたかもしれない。しかし実際に生じていた母子関係を再現することが不可能である以上、これらの考察で満足しなくてはならないとも考える。
最後に
以上トラウマと解離の関係について筆者の考えを述べた。両者の深い関連については従来は「常識」であり、それは現在でも多くの臨床家の念頭にあるであろう。もちろん解離の病理には明白な形で生じたトラウマが関係している場合が多いが、それ以外にもさまざまな対人関係上のストレスで生じる可能性があることを本稿で述べた。今後臨床研究が進み、解離の本質が解き明かされることで、解離とトラウマの関係についての理解が進むことを期待する。
文献

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