2013年6月18日火曜日

DSM-5とボーダーライン 改訂版(3)


DSM-5の改訂案は、それが何度かアメリカ精神医学協会のホームページに提示され、またそれに基づいたフィールドスタディも行われた。そこに昨年の12月まで刑されていて、おそらく最終案になるものと目されていた案の骨子を示そう。しかしDSM-5の草案におけるBPDの診断基準はかなり錯綜しているため、あくまでもその枠組みにあたる部分を日本語訳して示す。

A パーソナリティ機能の障害が、1かつ2に見られる。
1.自己機能の障害が以下のaかbに見られる。a. アイデンティティの面で、つまり乏しい自己イメージなど。b. 自己指令性self-direction の面で、つまり目標や希望や価値観やキャリアプランの不安定さ。そして
2.対人機能の障害が、以下のaかbに見られる。a. 共感性の面で、つまり対人過敏性とともに見られる他者の感情を認める力の障害 b. 親密さの面で、強烈で不安定な関係性を持つ傾向など。
B病的なパーソナリティ傾向が以下の分野でみられる。
1.陰性の感情状態negative affectivityが、以下のa,b,c,dに見られる。a. 感情の不安定性lability , b. 不安, c. 分離不安, d. 抑うつ性
2.脱抑制disinhibition が以下のa,b,に見られる。a. 衝動性, b. 危険を冒すこと
3.怒り,反抗性antagonism
C A,Bが恒常的にみられること。
D正常範囲でみられるとは思えないこと。
E 薬物などの影響ではないこと。

 この草案で特に目を惹くのは、Negative affectivity(陰性感情状態)やSelf-direction (自己指令性)など、臨床家にとってはあまりなじみのない表現である。パーソナリティ理論に基づくこれらの概念は、精神医学とパーソナリティに関する諸研究との関連付けを図るために導入されたものとみられる。
 以上見た限り当初予定されていたDSM-5のBPDの診断基準の改訂案は、それまでのDSM-III~DSM-IV-TRのフォーマットに大きな改変を加えたことになっていた。これはそのそもどのような意図があったのであろうか。実はDSM におけるBPDは、PD全体に対する改定案の一環として提出されていたのである。そもそもDSMにおけるBPDをふくめたPD一般が様々な問題を抱えていた。差の一部はすでに示したが、それが評価者間信頼性inter-rater reliabilityの低さ、s 時間経過における安定性tability over timeの低さ、弁別的妥当性discriminant validityの低さ、そしてそれにより多くの人をカバーできないという問題であった。
 そこでこれほどの問題を抱えているなら、PDの診断基準を一から作り直そうという機運が生まれたのである。そしてそこで提唱されたのがディメンジョナルモデルというわけであった。ただしまず定義としては、「広範にわたる思考、感情、行動のパターン」(DSM-IV)ではなく「自己同一性の感覚の障害、および効果的な対人関係を持つことの失敗Impaired sense of self-identity or failure to develop effective interpersonal functioning.」となった。またカテゴリー的な診断基準を全面的にディメンジョン的なものに移行させるのではなく、前者をある程度残した、ディメンジョン的―カテゴリー的といういわゆる「ハイブリッド方式」が取られるようになった。

(参考)ディメンジョナルモデルの骨子
 ここでDSM-5の草案段階で掲げられた新しいPDの診断基準のモデルについて説明を加えておく。PDとして提案されているものはすべて、上のBPDについて見たように、そのパーソナリティ機能の障害(Aクライテリア)と、パーソナリティ傾向(Bクライテリア)に分かれる。パーソナリティ機能についてはさらに、1.自己機能の障害と、2. 対人機能の障害に分かれ、自己の障害としては、アイデンティティと自己指令性に分かれる、という形をとる。さらに対人関係については、共感empathy、親密さintimacy、に分けられる。まとめるならば、Aパーソナリティ機能とは、アイデンティティ、自己指令性、共感、親密さの4つがどのように問題なのか、ということなのだ。

パーソナリティ傾向については、以下の5つに分かれる。すなわち陰性感情傾向 Negative Affectivity、疎遠さDetachment、敵対性 Antagonism 脱抑制 Disinhibition 精神病性Psychotismである。ちなみにこのパーソナリティ傾向はマクリー・コスタのビッグファイブのそれぞれの裏返しに相当するものとして考えらえる。それぞれの対応を以下に示そう。
 パーソナリティ傾向(DSM-5草案)⇔ビッグファイブの性格の要素として表示すると

陰性感情傾向⇔ 情緒安定性emotional stability
疎遠さ ⇔外向性extraversion
敵対性 ⇔協調性agreeableness
脱抑制 ⇔勤勉性conscientiousness
精神病性 ⇔清明さ lucidity

というわけである。