さてこの論文(Dissociative Disorders in DSM-5 Annual Review of
Clinical Psychology, 2013, 299-326)の次の記述は、「PTSD解離タイプ」だが、これについてはそれをトピックとして扱った論文を既に一つ読んだので省略である。次は転換性障害 conversion disorder と身体化障害somatization disorder についてである。
解離を扱う精神医学でよく出てくる単語が、”pseudoneurological” というものだ。これは「偽神経学的」と訳されるが、要するに神経内科的な障害を思わせる(けれど実際はそうではない)症状、という意味だ。目が見えなくなる、耳が聞こえなくなる、手が麻痺する、癲癇のような発作を起こす、などの症状である。転換性障害とは、この「偽神経学的」な症状を特徴とし、そのためにしばしば神経内科の病棟には解離性障害、癲癇性障害の患者さんが誤って入院していたりする。実は従来ヒステリーと呼ばれていたものの主たるものが、この転換症状であった。一見「本当の」(脳や神経系の異常による)病気のように見えて、実は精神科的な症状(すなわち神経学的な所見を欠いていて、それ以外に考えられないもの)を呈する人たちが、精神医学者を長年悩ませていたという歴史がある。
最近民放で、ニューヨーク州のリロイというところで女子高校生の間に広がった不思議なチック様の症状が報道されたが、てんかん発作を思わせるような酷い痙攣発作の原因がわからず、最終的には転換性障害であろうということになった。この例は、患者本人が絶対に「これは何かの身体疾患だ」と確信し、自分で症状をビデオにとってネットに流して「誰か原因を究明して欲しい」と訴えたほどである。私もその激しい症状をテレビで見て、転換症状とはとても考えられないと思ったが、実はシャルコーが報告した「ヒステリー大発作」の所見はおそらくこれに近かったのであろうと考える。
この例はともかく、この転換性障害はICDでは解離性障害と一緒に分類されているが、DSM-5では依然として両者は合体しないらしい。しかし多くの点で類似している。特に幼少時に性的、身体的な外傷を負っていることがしばしば確かめられているというのだ。また患者は比較的高い催眠傾向を有するという。解離の論者からすれば、この転換性障害を解離性障害と区別することがナンセンスであり、解離のうち身体症状を主症状とするものが転換性障害、と考えるのが常識である。しかしそこまで決断を下さないというのが、DSM-5の方針といっていいだろう。つまり何らかの説明できない神経学的な問題が転換性障害に隠されているとみて慎重になっているというわけだ。論文にはこうある。「すべての研究者が、転換性障害と解離性障害に深い関連性を見出しているわけではない。もう一つの見方は転換症状を解離ではなく、医学的には説明できない身体症状に不安(医学的な問題への過剰な関心)が重なった状態とみなす立場である。」