2013年4月18日木曜日
DSM-5と解離性障害(15)
ところでここまで憑依タイプのDIDについて論じていながら、書き忘れたことがある。実はこの概念、DSM-IVの「付記 appendix」 には登場していたのだ。ICDに同様のカテゴリーがあるのは知っていたが、DSMにも付記としてはこの概念が提唱されていたのである。それはより正確に言えば、DDNOSの下位の「解離性トランス障害(憑依トランス)Dissociative Trance Disorder (possession trance)」というカテゴリーであった。
DIDの「憑依タイプ」が提唱されることで、憑依の患者さんはDDNOSからDIDに「格上げ」され、より適切な治療が受けられるであろうということだ。そして、従来は憑依されたと訴える人たちに対する治療には二の足を踏んでいた治療者たちも、より治療に積極的になるであろう、と書かれている。これはわかる。私もふとそのような訴えの人に、「この方は浄霊師さんにお願いしようか?」と一瞬考えてしまうことがある。
この論文によると民間の「ヒーラー」によるセッションも、多くの点でDIDの治療者に似ていて、実際に患者さんの助けとなっているという。つまり異なる人格状態に対してその発言の場を与え、その窮状を話してもらうことで少しずつその人格状態のあり方が改善していくことを期待するという方針が取られるのである。しかしその一方では、一部のヒーラーたちは、いわゆるエクソシズム(悪魔払い)的な扱いにより憑依のケースを扱うことで、多くの方々に悪化が見られるという。悪魔払いを受けた人の三分の二がより状態が悪化し、自殺企図や入院、症状の悪化が見られるというデータが挙げられている。そしてそのような状態になった人たちのより正しい治療により、症状が改善すると言われる。
ここら辺はもっともな話である。エクソシズムは、例えばDIDの中でより感情的で暴力傾向のある人格に対して「退散せよ!」というメッセージを送ることであると考えられる。しかしこれらの人格が本来はトラウマの結果として生じていたことを考えると、エクソシズムはトラウマの事実を無視し、それを糊塗しようとする試みということになる。それではその人格にとっても再外傷体験になってしまうかもしれない。あらゆる人格に対してその声を尊重する(しかし発言を無理には勧めない)というのは解離性障害の治療の前提とも言えるだろう。