2013年3月8日金曜日

パーソナリティ障害を問い直す(25) 


改めてパーソナリティ障害を見直す(1

今日からは少しタイトルを変える。
 結局私は「パーソナリティ障害を問い直す」ことが出来ているのか?はなはだ疑問である。(実は単にノリのいい題をつけただけである)。しかしパーソナリティ障害という問題が実は非常に悩ましく、分類上さまざまな問題を抱えており、日ごろこれについて考えていることが多いのも事実なのである。
KTの「解」を読みながら改めて思ったのは、私たちの中にいかにBPD性とAD性が遍在しているか、ということだ。BPDは一種の緊急避難として用いる行動の手段として。ADはそれこそ男性性に深く関連した心の働きの特徴として。ここにもう一つ付け加えるならば、NPDである。医者も弁護士も、上司も教師も、みなナルではないか???しかしそれでいて思春期前後にはまだそれが発現することが少ない、例外的なPDとして。私がPDを考える際、この三つのカテゴリー(といってもADPDとは違うが)に関する思いがその軸になっている。
 ところで今年の5月に正式に発表になる DSM5の内容が徐々に明らかになってきているが、そこではこれまでのDSMIVで用いられていた10のパーソナリティ障害(以下PD)のうち4つが削除された。BPD(ボーダーラインPD)、ASD(反社会性PD)、NPD(自己愛性PD)、スキゾタイパルPD、回避性PD、強迫性PDが残り、スキゾイドPD、パラノイドPD、依存性PD、演技性PDは却下された。4つが削除された理由は、臨床家の間での信頼性が低い(つまり臨床家の間で同じ患者に対する診断が一致しない傾向にある)こと、時間が経過しても診断が継続して当てはまるということが少ないこと、あまり診断名としてつけられることがなく臨床的な有用性が低いこと、などである。私もこれには賛成である。たとえばBPDをつけることなく、演技性PDを単独で付けた患者さんはほとんどいない。またADのことを考えるようになってから、スキゾイドPDとつける患者さんもかなり減ってきている。ところでNPDDSM-5の作成段階で一度削除されかけて復活したというが、このNPDPDというよりは、一つの誤った適応パターンという気がする。  

ADとスキゾイドPDとの違い
もちろんADとスキゾイドPD(以下、SPD)とを一緒のものとみなすことはできない。しかし両者の関係は深い。「Schizoid , Asperger」と入れて検索すると、思いほのか多くの英文のサイトが出てくる。それらの多くは両者はどこが違うの、という問いかけに答えたものだ。そしてそれらのトーンはだいたい類似している。それは「両者は似ているけれど、違いは明らかです」というものだ。たとえばSPDでは感情に乏しく、人嫌いで他人と関係を持つことに興味を持たなかったりするのに比べてADは人寂しく、しばしば他人にちょっかいを出してくるとか、SPDにはADに見られるような特殊なこだわりや奇矯さは見られないとか。しかしSPDの中にも奇矯さを見せる人が多く、それらの一部はスキゾタイパルPDとして分類されてきたのだ。それにSPDの人たちが感情に乏しく、 人嫌いかと言えば、そこのところはわからない。