2013年2月27日水曜日

パーソナリティ障害を問い直す(16) 


「解」を読み進める(14
 KTの診断的理解
 人間の心理は複雑である。誰ひとりとして一定の決まったパターンに合致する人はいない。しかしある深刻な事件が生じた時に、私たちはそれが起きた原因を知りたがり、それを起こした犯人の心を一元的に説明しようとする。
「何かの原因があるはずだ。」
そして「解」を読み始めた私も同様に「事件」のを求めて読み進めた。しかし「解」を読み終えて、それも幻想であったことをあらためて思う。「解」そのものが様々な、一元的には説明不可能な情報を伝えているし、“解”もそれだけファジーなものである。そしてそれは私だけの“解”でしかなく、本書に登場するほかの方々の“解”もそれぞれ独自なものとなっているはずだ。(何の話だ?) ただし私自身のそれは、前もって「結局はこんな感じになるのかな」と思っていた方向に向かってはいる。
人を一元的に理解する代わりにあるのが、精神医学の診断というラベリングである。ラベリングは決めつけであり、pigeonholing (どこかの整理箱に区分けしてしまうこと)であるが、理解の役に立つ。「ラベルは、剥がすために貼るものである」と私はいつも言っているが、取りあえず貼って、貼り心地を見るだけでもいいのだ。気に食わなかったらいつでも剥がせばいい。
 その心づもりでKTの精神医学的な診断を考えてみよう。おそらくBPD (境界パーソナリティ障害) は比較的容易に当てはまるように思う。慢性的な自殺願望、孤独の耐えがたさ、攻撃性、「自分のなさ」、白か黒かの考え、感情の激しさ・・・・結構な数の診断基準を満たしている。「KTがボーダー?」と言われるかもしれないし、私も自分に「本気かな?」と問うている部分がある。しかしそれは診断がラベリングであるということを思い起こせば消える疑問である。その意味ではBPDKTに貼った場合には「結構くっ付いている」ことがわかるだろう。貼り心地の悪い部分は、他のラベルも競って貼られようとしているからだろう。
二枚目のラベルとしては、いや診断は、ASD(反社会的パーソナリティ障害)がくるだろう。しかしこれは張り付けたい気持ちの割には、剥がれやすい可能性がある。ASDは、DSM的に言えば、攻撃性、法律を遵守しないなどの違法性、人をだます傾向、良心の呵責のなさ、の4つの柱があり、これらがその人にパターン化している必要がある。このうち、法律を守らない、人をだます、という傾向はKTにはあまりその気はないのだ。むしろ借金を踏み倒さずに遠路はるばる返しにいく、というところもある。人と関係を結ぶためには正直にもなるのだ。攻撃性や良心の呵責のなさにしても、あまりすっきりとは当てはまらない。人を殴る、殺傷するなどは攻撃性の最たるものではないかと言われそうだし、それらを根拠に攻撃性の基準を満たすとしても、彼の場合パターン化したという印象がいまいちなのである。良心の呵責については、これこそは典型的といえそうだが、これ一つではASDの根拠としてはあまり説得力がない。
念のためDSM-IVASDの基準をもってこよう。
A.他人の権利を無視し侵害する広範な様式で、15歳以来起こっており以下のうち3つ(またはそれ以上)によって示される。
1. 法にかなう行動という点で社会的規範に適合しないこと。これは逮捕の原因になる行為を繰り返し行うことで示される。
2. 人をだます傾向。これは自分の利益や快楽のために嘘をつくこと、偽名を使うこと、または人をだますことを繰り返すことによって示される。
3. 衝動性または将来の計画をたてられないこと。
4. 易怒性および攻撃性。これは、身体的な喧嘩または暴力を繰り返すことによって示される。
5. 自分または他人の安全を考えない向こう見ずさ。
6. 一貫して無責任であること。これは仕事を安定して続けられない、または経済的な義務を果たさない、ということを繰り返すことによって示される。
7. 良心の呵責の欠如。これは他人を傷つけたり、いじめたり、または他人のものを盗んだりしたことに無関心であったり、それを正当化したりすることによって示される。

 どうだろうか? 1は微妙。2も微妙。3は満たして4も満たすとしよう。しかし5も微妙、6もイマイチ。7は満たす、となるとギリギリ3つとなる。いちおうASDと診断してよさそうだが、あまりラベルとしての貼り付き具合はよろしくない。粘着力が弱い。
となると3番目の診断は、アスペルガー障害である。KTの場合おそらく言語的なコミュニケーションはあまり得意でないはずだ。自分で相手に気持ちを伝えることがなく、いきなり行動、というパターンもおそらくその証左だろう。その代り文章は達者な方と言っていい。掲示板での自己表現も、その思い入れの詰まった書き方や、他人の書き込みの読み取り方の微妙なニュアンスも、かなり芸が細かい。彼の場合、アスペルガーの「さびしがり屋」型だろう。(今私が急に作った分類である。)