2012年10月18日木曜日

第12章 サバン症候群が示す脳の宇宙 (3)

タメットの「抑制の低下、混線」仮説

次にタメット氏の説について検討したい。彼は自分自身のサバンとしての体験から出発していかに自分の頭脳が機能しているかを語る為に、きわめて説得力がある。その著書「天才が語る」から引用してみよう。
まず彼は自分の数学を通しての体験が言語的な体験と近いということを強調する。これについては、本章でもすでに紹介した。(数がいくつかの素数に分解される様子が、たとえば英単語がいくつかの部分に分かれるのと同じ感覚で生じるという。たとえば incomprehensibly (理解できないように、という形容詞)が、in comprehend ible lyとに分かれる、という風にである。タメット氏によれば、たとえば37×469という掛け算を見ると、それが6253+(111×100であることが見た瞬間にわかる、というが、単語をいくつかの部分に分かれるのがすぐにわかるのと同じ感覚であるという。もちろんこれは私にはチンプンカンプンであるがタメット市にとっては当たり前のことなのだ。
タメット氏は、そもそも言語的な能力にはきわめて広範な知的能力を必要とすると説く。そしてわれわれ全員がある意味では言語に関するサバンであるという。さて次のくだりが重要なので引用する。「自閉症やてんかん、統合失調症といった脳神経の症状は、脳の抑制レベルが低下し、本来なら独立している領域の間で異常な混線が生じた結果ではないか、と多くの研究者たちは考えてきた。」(p171)そしてそもそも共感覚が、そのような抑制の低下の一つの現れであるという。
 彼は代表的なサバンであるキム・ピークの例を出す。かの「レインマン」の主人公のモデルとしても知られるキムは、2009年にすでに世を去っているが、彼は生まれたときから脳梁が欠損していた。脳梁はすでに本書にも登場しているように、左右の大脳半球の間に存在し、その交通を促進したり抑制したりする部分だ。そして彼の脳梁の欠損は、抑制の低下を生み、その結果として彼の大脳が情報を蓄積する力が飛躍的に増しているのだとする。これもあるサイトにグラフィックに描かれているキムの脳の図があるので紹介しよう。これも「抑制の低下」を招く結果となり、彼の爆発的な記憶力を生み出しているというのだ。
http://ontogenez.narod.ru/htmT/fenomMind.htm より
 
  ところでサバン症候群を説明する二つの仮説を出した。「皮質の張り出し、代償説」と「抑性の低下、混線説」である。両方ともしっかりとした学説だが、名前は私が雰囲気で付けたものである。そして両者はまったく異なるものではないということがお分かりであろう。結局サバン状態においては、普段は(あるいは普通の人は)あまり活用されていない皮質が何らかの理由で活性化され、素晴らしい力を生み出している状態と言える。それは皮質の張り出しでも、抑性の低下でも起きうるだろう。本章ですでに脳梗塞のあとに美術の才能に目覚めた人のサイトを紹介したが、それは美術的な活動をつかさどる皮質野への抑制がとれて活動が亢進する場合も、それが梗塞により死んだ皮質の機能を取り戻すために新たに張り出された皮質の利用を通じて起きているという場合もありうるのだ。
   しかしそうは言ってもやはりサバン現象は不思議だ。脳生理学的には全然わかっていない。果たして将来解明されるかどうかも不明だ。それは人間の無限の可能性、まさに宇宙的な可能性を示唆しているとしか言いようがないのだ。