2012年9月22日土曜日

第5章 ニューラルネットワークとしての脳 (1)


 精神科医として仕事をし、人の心について考える機会が多いこともあり、私には私なりに、「脳の働きはこんな風になっているのだろう」というという大体の感覚を持っている。もちろん仮説的なものだし、詳細は全然わからない。ただ全体の輪郭がある程度はぼんやりとつかめている気がする。
 この感覚は宇宙についての感覚と似ているかもしれない。宇宙にはなぞが多く、知れば知るほどわからないことが出てくる。しかし物理学の進歩によりある種のイメージ、何がわからないのかも含めた輪郭のようなものを私たちは持つにいたっている。
ニューラルネットワークとは? 
さて脳の話であるが、一つ確かなことは、それは巨大な神経のネットワークであるということだ。脳全体で1000億とも言われる神経細胞が、他の数多くの神経細胞と連絡している。それにより成立している巨大ネットワーク。それをニューラルネットワークとよぶ。現在では脳のあり方をとらえる図式として、現代ではこのニューラルネットワークモデルが非常に注目されている。
 このニューラルネットワークモデル、仮説というよりは現実の脳の姿そのものを表していると言える。脳の構造を知るための様々な技術が進歩するにつれ、神経細胞のネットワークとしての脳の現実的なあり方が、徐々に解明されつつあるのだ。もちろん神経細胞の一つ一つの連携を見ることはおよそ不可能ではあるが、その輪郭を追う手立ては少しずつ整っている。一つは「拡散テンソル画像 diffusion tensor imaging」という手法で、神経細胞を結ぶ神経繊維の中を動く水分子に焦点を当て、マッピングするという。すると以下のような画像が得られる。脳を中央から切断した際の輪郭をこれに重ね合わせていただきたい。虹色の繊維のようなものが見えるが、これは神経線維の走っている方向をわかりやすく色づけしたものである。その細い繊維の一本一本が、神経細胞から発しているということになる。




      http://committedparent.wordpress.com/2008/08/15/on-neuro-gastro-integration/

 ただしこれではネットワークという印象は得られないかもしれない。それでは大脳皮質にある神経細胞間の結びつきを、これらのDTIの画像から割り出すことは出来ないか? 実はそのようなテーマを研究する「コネクトミックスconnectomics」と呼ばれている学問の分野がすでにできている。そして研究により次第に分かってきたのは大脳の後部内側に一つのネットワークのセンターが存在し、それが左右半球にまたがっているということである。
 この分野で最近インディアナ大学とオランダのチームが画期的な論文を発表した。それが2011年11月2日に出版されたThe Journal of Neuroscience,にであり、それに掲載された画像が素晴らしいので紹介する。

 この研究は 21人の脳の活動のMRI画像から得られたという。これを見る限り脳には沢山のハブがあることがわかる。そしてその中でも12のハブが特に多くの情報をお互いに交換する。それらは、左右の上前頭皮質、上側頭皮質、そして皮質下の海馬や視床などである。これらを著者たちは「お金持ちクラブ」と呼び、脳の情報網はこの12のハブを中心に行われるという。(van den Heuvel, MP and Sporns, O : Rich-Club Organization of the Human Connectome. The Journal of Neuroscience, 2 November 2011, 31:15775-15786)
 このようなネットワーク上に生じていることは、極めて複雑で錯綜していると想像できる。それを地球を人間の脳にたとえて考えてみよう。一人ひとりが神経細胞の一つ一つに相当すると考えるのだ。地球上の人口100億足らずと1000億の神経細胞とはオーダーとしてはあまり変わらないとしよう。そしてそれぞれの人が何人かとメールや電話で通信をしているような状態が、多くの神経細胞との間にネットワークを築いている個々の神経細胞のあり方ということになる。すると人々が生み出す噂、流行、地方の集会やデモ行進などは、その規模が小さい場合には世界的レベルではほとんど無視される。しかし例えば国同士の戦争とかオリンピックとかアメリカの大統領選挙、ということになると世界レベルでの話題となる。するとそれがCNNなどのニュースに流され、それが「意識される内容」と考えることが出来るかもしれない。
 そして個々の人々の中には、圧倒的な影響力や情報発信能力を持つ人が現れるだろう。一国の大統領や映画俳優やサッカー界のヒーローなど。それらの人々の発言はすぐにニュースになるだろう。それが先ほどの研究に出てくる「お金持ちクラブ」のメンバーということになる。