2012年9月8日土曜日
第2章 ミラーニューロンが意味するもの―心理士への教訓
ミラーニューロンの存在を知ることは、共感ということを考える際に一つのヒントを与えてくれる。それは、ある意味では「他人の気持ちは分かって自然なのだ」という発想である。そして治療者のあり方も、自らの持っているミラーニューロンを存分に生かして治療を行うべし、ということになる。以下にそのように述べる理由を説明しよう。
ミラーニューロンは、目の前の人のおかれた状況を理解し、その気持ちを実感することを助けてくれる。その意味では来談者の話を聞きながら面接者がもらい泣きをしたり、一緒になって腹を立てたりすることはごく自然に起きる可能性がある。日ごろから臨床心理学を志す学生を指導していて感じるのは、彼女達(女性が多いので、このように呼ばせていただく)の持つ高い感受性と、患者に感情移入してしまいやすい傾向である。そしてそれは彼女たちの経験不足や未熟さとして片付けられてしまうことが多い。精神分析でもそれを「逆転移」と呼ばれたり「自分自身を客観的に見られていないからだ。分析が足りない」と言われたりするかもしれない。しかし私はそれほどネガティブなものばかりとは言えないと考える。要はそのような感情表現が治療関係でどのような意味を持つかを十分に検討することである。これらの感情移入が最初から起き難い治療者に比べてはるかに先を行っているということになるのだ。
私は常々考えている面接者の備えるべき「探索子」や「受信装置」のようなものがミラーニューロンに相当するのではないかと思う。人の気持ちになった時に振れる怒りや悲しみの針。それを用いることはある意味で的確に治療を進行させてくれるだろう。来談者が悲しい話をしていてこちらのミラーニューロンがその悲しみを捉え、ふと見ると来談者は少しも悲しそうに見えなかったとしたら、そのギャップもまた何か重要なものを示していることになる。後はそれを特に抑制せずに表現した場合に患者にネガティブな影響を与える可能性を考慮することがある。
私が知っている例で、治療者が患者の話を聞いていて、患者より前に涙ぐんでしまったというエピソードを聞いたことがある。もちろん治療者が泣いたことそれ自体が悪いという訳ではないが、患者の側はその反応にびっくりし、またその治療者が年若いこともあって頼りなさ下に感じてしまい、おそらくそれが原因になって治療を中断してしまったという。「性能のいい」ミラーニューロンを備えた治療者はこのような可能性を出来るだけ考慮しておくことである。
ミラーニューロンと性差についても一言論じておかなくてはならない。以上の例からもわかるとおり、女性性と感情移入の傾向には大きな関係がある。そこで女性の方がミラーニューロンの機能が高いことが予想されるが、それは、例のμ派でもすでに検証されているという。つまりμ派の抑性は女性の方がはるかに強く生じるという。Cheng, Y., Tzeng, OJL et al.Gender differences in the human mirror system: a magnetoencephalography study. NeuroReport, Vol 17 No 11, 2006 極端な男性脳=自閉症、というバロン=コーエンの説は、案外極論ではなさそうだ。