2012年7月13日金曜日

続・脳科学と心の臨床(47)

(臨床家への教訓)

「緊張すると手が震えるんです」という来談者の訴えに、私たちは「そんなことは、練習を繰り返せば何とかなるでしょう。がんばって経験を積めば、度胸がついて震えるなんていうことはなくなりますよ。」などと言いそうになりはしないか?常識的に考えればそうである。慣れないから緊張し、手が震える → 慣れればそんなことはなくなる、という常識。おそらく軽い震えについてはそれでは何とかなる。しかし深刻な震えはそうではない。イップス病は練習すればするほど悪くなる、というところさえある、と田辺医師(上述)の本にある。イップス病に悩まされる人の数は多くは経験豊かなプロのゴルファーであるというところが不思議なところだ。そしてそれが不思議な脳の配線異常に由来する。臨床家としては脳科学の神秘さと計り知れなさを認識し、その治療を専門家にゆだねるべきだろう。
 ここでの教訓は、私がこれまで繰り返してきたことに近い。「頑張れ」とか、「努力不足だ」とか「もっとポジティブに物事を捉えよ」という常識的な対応を心理士は控えよ、ということである。緊張すると震える、という来談者の悩みを真摯に受け止めよ、というしかない。その一方でイップス病のような不思議な脳の病態について知っておくこと。脳の専門家になる必要はないが、「脳科学オタク」くらいにはなっておくこと。心理士は脳科学の専門書を紐解く必要はない。脳科学オタクに毛の生えたような私が書く本程度でいいのである。