2012年7月1日日曜日

続・脳科学と心の臨床 (35)



 夢の過程は、私たちの精神活動の中で最も複雑なもののひとつである。その内容は奇抜で、時には意味シンで暗示的で、時にはグロレスクでまったくナンセンスである。精神分析理論はそれが実はきわめて秩序だった意味の生成過程であるという着目点を持ったフロイトが作り上げた学問である。それ以来精神分析家の多くが、そしておそらくそれ以上に多くの患者が、夢の内容から意味を見出そうとして頭を悩ませてきた歴史がある。それに一つのセンセーショナルな影響を与えたのが、ハーバード大学のマッカーリーとホブソンの提唱した「賦活化―生成仮説」というものである。1977年の説であるから、35年前ということになり、もう相当古い説だ。実はこれは「脳科学と心の臨床」に短い形で記載してある。今思い出したので、引用する(また字数稼ぎの手抜きだ。)

アラン・ホブソンというハーバードの研究者は,1970年代に,夢に関する独自の仮説を提出した。それが賦活化・生成仮説activation-synthesis hypothesisと呼ばれるものであった。それは,REM睡眠中は主として脳幹からPGO波といわれるパルスがランダムに脳を活性化し,それが夢と関係しているのではないかという説である。脳はいわば自分自身を刺激してさまざまなイメージを生み出し,それをつなげる形でストーリーを作る。それが夢であり,その具体的な素材には特に象徴的な意味はないというわけである。
 ホブソンはまた,睡眠中の神経伝達物質の切り替わりにも注目した。覚醒時に活躍する神経伝達物質であるノルエピネフリンとセロトニンは,REM睡眠中はアセチルコリンへとスイッチすることで,運動神経の信号は遮断されることになり,体は動けなくなる。またノルエピネフリンとセロトニンは理性的な判断や記憶に欠かせないが,それが遮断されることで夢はあれだけ荒唐無稽で,しかもなかなか記憶を残すことができないという。 この仮説は少なくともそれまで多くの人に信じられていたフロイトの仮説に対する正面切ったアンチテーゼということができる(Hobson, 2002)。
 以上のホブソンの理論にはあまり海馬の話は出てこないが,最近の夢理論は,より海馬に焦点を当てたものとなっている。海馬ではさまざまな昼間の体験の記憶が,鋳型に記されて保存されているという事情を説明したが,夢の際は日中の記憶のさまざまな組み換えがなされ,それが夢に反映しているらしい。前出の池谷裕二氏は海馬についての第一線での研究者であるが,彼によれば夢では海馬が中心となって,日中の体験を引き出し,その断片をでたらめに組み合わせているということである(池谷他,2002)。たとえば断片的な記憶が五つあり,それがA,B,C,D,Eという順番で起きたことであるとする。すると夢ではAにはCを,DにはBを,というふうにつなげて,そこに新しい意味が生まれるかを検討する。そしてその間は外界からの情報を一切遮断する必要があり,またその内容を実行してしまわないように,筋肉も動かないほうがよく,そのために感覚入力の遮断や,抗重力筋の麻痺は,どちらもREM期の特徴となっているのだ。
ただしREMは記憶の定着に役に立つという説に関しては,逆にREMを抑制する抗うつ剤を使っても記憶が衰えないことも知られており,かんたんに結論は出ないようである。 REM期のもう一つの特徴として,前頭葉の機能が低下することで先述の,理性的,批判的思考の抑制が生じるということもあげられる。(脳科学と心の臨床、P132