2012年6月15日金曜日

続・脳科学と心の臨床(23)


まずASPDとは何か。改めて言うが、これはantisocial personality disorder の頭文字で、「反社会的パーソナリティ障害」のことである。DSMの診断基準から分かる通り、彼らは暴力的で衝動的、人の気持ちに共感できず、人を利用する、社会的なルールを破る…。ちょっとお友達になりたくない人たち、犯罪歴を持っていそうな人たちである。
ではサイコパスとは?一般的な定義からすれば、衝動的で人の気持ちに共感できず、他人に対して残忍な行為を行う・・・・。何かASPDとあまり変わりがないではないか?事実サイコパスという用語はしばしばASPDと混同して用いられる傾向がある。
しかし歴史的にはサイコパスがASPDよりずっと古い。昔からmoral insanity 「道徳的な狂気」と称されていたものである。精神医学の世界では、統合失調症や躁うつ病などが明確に分類される前から、犯罪を犯すような人たちをひとまとめにする概念があった。それはおそらく社会にとって害悪を及ぼす人たちをいち早くラベリングする必要性があったからだろう。サイコパスpsychopathy と同様、sociopathy という言葉もあった。日本ではシュナイダーの概念である「情性欠如者 gemutlose」という言い方もされていた。
他方のASPD1980年のDSM-IIIから登場し、「犯罪を犯したり人に暴力をふるう人たち」一般のプロフィールを代表したようなところがある。両者を区別する際は、サイコパスの方がより深刻でより深い病理を差すというニュアンスがある。つまりASPDの中でより深刻な人たちがサイコパス、という理解の仕方が一応可能であろう。
再び“サイコパス(精神病質)たちが特異な脳構造をしているという研究”に戻れば、ある研究では62か国で調査された受刑囚の62パーセントがその基準を満たすという。ASPDの特徴はその暴力性である。しかし彼らの多くはサイコパスではない、とする。ASPDは短気な人々と表現するのなら、サイコパスは冷酷な人々であるという。後者はより年少から罪を犯し、より重層的な犯罪行為にかかわり、行動プログラムに反応をしないという。彼らは痛みによる処罰などにも反応せず、平然としているために行動療法的なアプローチがそもそも極めて難しいというわけだ。
さてここまで述べるとだいたい私の趣旨がわかってもらえるだろう。福島氏の殺人者精神病は、このサイコパスのプロフィールと考えればだいたい合うのである。そしてそこには大脳の形態上の異常が見られる。それがこれまで何度かでてきた、エーっト、前部吻側前頭皮質と側頭極の灰白質の容積の小ささ、ということになる。彼らは実は生まれつき脳の一部に機能低下が生じたために極めて不適応的な生き方を強いられてきた人たち、いわば犠牲者、被害者なのだ・・・・・。いやちょっと待って欲しい、という読者の反応が聞かれるかもしれない。「サイコパスの人々は、実は社会から忌み嫌われるべき、『悪い人』のはずではなかったのか・・・・・」。