2012年6月10日日曜日

続・脳科学と心の臨床(18)

今日で仕事が一段落ついた。今のうちに少し部屋の整理でもしておかなければ。私のデスクは積み上げられた書類で囲まれてキーボードを置くスペースがどんどん狭くなってきている状態である。
チビは、ほとんど飲まず食わずの日々を、もう一月も過ごしていることになる。逆にその生命力に驚く。

ここに示唆されるのは、自閉症の幼少時におけるオキシトシン投与による治療ということになるが、他方ではこんなことを考える読者がいてもおかしくない。「そもそも自閉症児に対して愛情をより一層注げばいいのではないか?そうしたらオキシトシンももっと出るようになるし・・・・」しかしそれは自閉症児を持った親の苦労を知らないことになる。いくら情緒的な接近を試みても取り付く島のないのが彼らなのだ。身体接触を嫌う彼らは、抱きしめようとすると体をのけぞらせて逃れようとする。それを押さえつけるのもどこか虐待に似た状況を作ってしまいかねないほどなのだ。(もちろん深刻な例の話である。)
もしオキシトシンが早期のネグレクトに由来する精神疾患を治療する可能性があれば、例えば境界パーソナリティ障害(BPD)などの治療にも道が開ける可能性がある、とEric Hollander は考えているという。ただしこれはBPDが幼児期のトラウマに由来するという前提に立った場合であるが。またそれ以外にも幼児期のトラウマがかかわる様々な疾患の治療可能性にもつながる。それらはPTSD,うつ病、不安障害、統合失調症まで含まれる。
ここで読者は「うつ病や統合失調症も幼児期のトラウマが原因なのか?」と疑問に思うかもしれない。もちろんそれらの疾患は幼児期のトラウマのみによって引き起こされるわけではない。様々な要因がそれらの発症の引き金になっているが、そのうちの一つが幼児期のトラウマというわけである。そしてオキシトシンによる治療により、それらの発症の可能性が少しでも低下する可能性があるということになる。
さらにオキシトシンは勃起不全の治療にも関係しているという。バイアグラがオキシトシンのレベルを上昇させるという研究があるのだ。そもそも男女ともにセックスのクライマックスでオキシトシンが大量に放出される以上、バイアグラはそれをさらに促進するということになるのだ。そこでバイアグラを出産のときに女性に投与するという研究もあるというが、これも同じ趣旨によるものだろう。
ところでここまで考えると、当然オキシトシンをレクリエーショナルドラッグとして用いようと画策する人たちが出てきてもおかしくない。何しろ米国では抗鬱剤ですら鼻から吸ってハイになろうとする人たちがいるほどである。しかしオキシトシンを濫用していい気持になろうとする試みは成功していないという。例によってネズミによる実験が行われているが、コカインとかヘロインのようにネズミはオキシトシンを欲しがらないのだ。だからオキシトシンは、ブラックマーケットでは扱われていない。つまりオキシトシンはそれ自体が私たちに快感を与えるのではなく、あくまでも他人との接触が快感につながるのを助けるという作用があるのである。