2012年6月10日日曜日

続・脳科学と心の臨床(17)


私のオキシトシン熱が続いているが、いろいろ読んでいくうちに、だんだん全体像がつかめてきたような気がする。結局一番知りたいのが、精神医学的な治療手段としての意味であるが、それをMaia Szalavitzというすごいジャーナリストが書いている“Cuddle chemical' could treat mental illness“ という記事(New Scientist 電子版、2008514日、(http://www.newscientist.com/article/mg19826561.900-cuddle-chemical-could-treat-mental-illness.htmlを読んでみる。

そこでまずは当然ながら、自閉症である。オキシトシンの投与で、自閉症の患者は、他人の声のトーンによる感情表現の理解を高めたという。そしてそれは一回の静脈注射で2週間ほど効果が持続したという。(Eric Hollander, Biological Psychiatry, vol 61, p 498). それ以外にも、オキシトシンの血中濃度が、自閉症で低いこと、オキシトシンのリセプターの異常と自閉症の関係などの研究が出ているという。
ある一連の研究は、母子関係の早期にオキシトシンを投与することに意味があるという可能性を示唆している。というのもサルの実験で、母親からグルーミングをより多くもらったサルほど、オキシトシンの濃度が高いということが知られているからだ。

これとの関連で、母親からの愛情を受けられなかったことで二次的に一種の自閉症のような状態が生まれることが知られている。杉山登志郎先生が提唱なさっている「チャウチェスク型自閉症」という概念をご存知の方も多いだろう。チャウチェスク政権下のルーマニアの孤児院は極めて悲惨な状況で、子供たちはほとんどネグレクト状態に置かれていたという。そしてその子供たちの中には一見自閉症のような様子を示すケースも少なくなかったと報告されているが、これに関連して、ルーマニアの孤児院で過ごした子供たちは、里親に接触してもあまりオキシトシンの量は増えなかったという研究があるという(Proceedings of the National Academy of Sciences, vol 102, p 17237)。

ここに示唆されるのは、自閉症の幼少時におけるオキシトシン投与による治療ということになるが、他方ではこんなことを考える読者がいてもおかしくない。「そもそも自閉症児に対して愛情をより一層注げばいいのではないか?そうしたらオキシトシンももっと出るようになるし・・・・」しかしそれは自閉症児を持った親の苦労を知らないことになる。いくら情緒的な接近を試みても取り付く島のないのが彼らなのだ。身体接触を嫌う彼らは、抱きしめようとすると体をのけぞらせて逃れようとする。それを押さえつけるのもどこか虐待に似た状況を作ってしまいかねないほどなのだ。(もちろん深刻な例の話である。)