2011年2月22日火曜日

うつ病のシリーズ 本当に最後

うつ病の話を、「積み残し」とか言って引っ張ってきたが、本当に今日で最後にしたい。「新型うつ病」の話に関して、「結局現代人の甘えじゃないの」、「病気のフリをしているんじゃないの?」という論調がいやで(というよりは直感的に、おかしいという気がして)、それを論駁したくてこうして書いてきたというところがある。患者さんの苦しみの軽視ではないの、というわけだ。
そこで最後に書いておきたいのは、自殺率のことである。もしうつ病者の究極の訴えが自殺願望であり、それにしか活路(というのもヘンだが) を見出せないとしたら、それは本当のうつ病であろう。もし「新型うつ病」がうつ病もどきであり、他人に関心を払ってほしいだけ、甘えだけだとしても、それが自殺にまでいたったとしたら、それはやはり心からの訴えであり、苦しみの表明ということになるだろう。
同様の議論は、たとえばボーダーさんなどについても成り立つ。いかに自殺企図が頻繁であり、例え思わせぶりに思えても、実際に患者さんが自殺してしまったら、それを本気にしなかった治療者は障害にわたって後悔するだろう。「彼女の自殺願望は、本当のものだったのだ・・・」と。それにより実際に死んでしまうとしたら、問題である。死んでしまいたいという訴えの何分の一かは本当であったのだろうし、それはボーダーさんの自殺の脅しは真剣に聞く必要はないという議論には真っ向から反することになる。
そこで自殺率はどうなのか?これまでも引用してきた「精神神経誌」の特集号で張賢徳先生がこの点に触れている。彼の報告では、自殺者の90パーセントが精神障害を抱えており、過半数がうつ病であったという。そして「うつ病患者は増えているのか」という本質的な問題についても触れ、それについての二つの可能性について論じている。ひとつはうつ病が受診するようになったから、もうひとつはうつ病概念が拡散したから。その上で彼はやはりうつ病は実数が増加しているという立場を取る。
そして先生の結論はアッパレなのだ。
「内因性でも、それ以外でもうつはうつだ。自殺は起きうるではないか。ちゃんと対応しなくてはならない。」
張賢徳先生に喝采を送り、このシリーズをひとまず終わる。