マッピングとは、DIDを有する人が、どのような交代人格を何人持っているかを探るという手法である。マッピング、とは変わった呼び方だが、患者さんが最初のセッションで大きな紙を与えられ、主人格の名前を真ん中に書き、他の人格の位置づけを、ちょうど地図を書くようにして書いてもらうという方法をとったことに由来するらしい(Kluft, RP, Fine, CG: Clinical perspectives on multiple personality disorder, 1993)。DIDの治療はすでに100年前にはアメリカのモートン・プリンスなどによりすすめられてきたが、同様の手法もその頃から用いられていたという。
このマッピングという手法は、リチャード・クラフト、フランク・パットナム、コリン・ロッスといったこの世界の偉大な先達のテキストに解説されているところを見ると、かつてはスタンダードな手法とみなされたらしい。確かにDIDの患者さんにその内部の人格をすべて書き出してもらうというプロセスは、治療の最初のステップであるという考え方はそれなりに意味があるのかも知れない。内科を訪れた患者さんは、まず全身をくまなく検査されるであろう。それと同じとも考えられる。
DIDの治療は、その道の先駆者により切り開かれていった。その中でもリチャード・クラフトの名は燦然と輝いている。彼が80年代より、自らの治療者としての力を誇示するかのような論文を発表し始めたとき、周囲の臨床家は畏敬の目でそれを見守った。彼はそこで33人の自験例の治療について触れているが、(Kluft (1984) Treatment of multiple personality disorder. Psychiatric Clinics of North America 7(1): 9-30.)そこに何人の交代人格を有していたかも表されている。それを見ると少ない例で二人、一番多い例で86人とされている。これもそのマッピングの手法でリストアップされたということだろう。
ちなみにクラフトはその表で同時に、自らの治療により人格の統合に至るまでに何ヶ月かかったかを記しているが、そこには4ヶ月以内という例が、なんと10例と記されている。三分の一の患者さんがわずか数ヶ月で人格の統合に至ったと記されているのである・・・・・。治療においてマッピングを行い、正しい治療を用いることで人格の統合を図ることが出来るという方針を彼が示してしまったことで、それ以降の治療者達はある種のプレッシャーを感じたとしてもおかしくない。
しかし最近のDIDの治療は、クラフトの頃に比べてずいぶん慎重になっているようである。その後のロッスの改訂版のテキスト(Ross, C.(1997) Dissociative Identity Disorder. Diagnosis, Clinical features, and treatment for multiple personality. John Wiley & Sons.)にはこんなことが書いてある。「第一版(1989年)以後私はマッピングについては異なる考え方を持つようになっている。私は敢えてそれをするよりは、各交代人格が自然に出現してくるに任せるようにしているのだ。」。そしてそれに対するクラフト氏の反論は聞こえてこない。
かつて私は、3年前にシカゴの学会で出会ったクラフト氏のことを、恰幅のいい「笑うセールスマン」のようだった、とこのブログで書いた。少なくともそれは、私が二十年以上も前にメニンガークリニックで見たときの彼の印象とは異なっていた。その頃は才気走ったカミソリのような印象を与えていた。治療者がその治療的な野心を抑えてゆったりと構えることの重要さを考えさせられたものである。