2011年1月27日木曜日

解離に関する断章 その13の続き ヒルガードの実験が提起する問題―私たちはみな、多重人格なのか?

先日紹介したヒルガードの実験の話の続きである。この実験が意義深いのは、では私たちはみな多重人格なのか、という疑問を抱かせることである。私自身も、この「隠れた観察者」の実験を読んで最初に思ったのはそのことだった。しかしこれは、例えば公開の(場合によっては見世物としての)催眠、いわゆるステージヒプノーシスを見た人間が一様に思うことでもある。客席から、一見無作為的に被検者を募る。その人が壇上で催眠にかかり、年齢退行を起こして小さいころの自分になって幼児の言葉で話したりする。そのような姿を見ると、誰でも催眠にかかり、誰でも別人や別の人格に成り代わるのではないか、と考えたりする。
この一見もっともな疑問に関しては、私たちは明確な答えを持たないことになる。しかしまずひとつ明らかなのは、誰でも催眠にかかるほど、話は簡単ではないということだ。このような形で催眠が導入可能な人は決して多くはない。そして年齢退行まで起こす人はさらに限られているだろう。ステージヒプノーシスでそのような現象を見た人は、よほど運がいいケースに出会ったシーンに遭遇したか、あるいは「やらせ」を見せられたか、ということになる。しかし、それでも「一般人の中で催眠にかかりやすい人の中には、潜在的に多重人格とみなされる人がいる」ということくらいは言えるかもしれない。
しかしこれに関しては別の見方もある。たまたまステージヒプノーシスで深い催眠に導入することができ、子供時代にまで退行させることができる人は、本来DIDを持った人であったという可能性だ。
この二つの可能性は、「一般人の一部」と呼べる人々とDIDを持つ人々が、数のオーダーの点でおそらくあまりかけ離れていないという事情から、なかなかどちらが正解とも決めがたいのだ。一般人のうち催眠で年齢退行を起こす人が、たとえば20人に一人であり、DIDの発症率が2万人に一人、と言うのであれば、この両者は別物ということになる。しかし高い催眠傾向を持つ人が一般人の4,5パーセントといわれ、また実際にDIDの発症率は、研究者によりかなりバラつきがあるようだが、2~4 %が相場であるらしいとすれば、現実味を帯びてくる話なのだ。(Dell, P: OUTlINE The Long Struggle to Diagnose Multiple Personality Disorder : Partial MPD. in DISSOCIATION AND THE DISSOCIATIVE DISORDERS. DSM-V AND BEYOND Edited by Paul F. Dell, and John A. O'Neil. Routledge, 2009.) ただし一般人の2~4パーセントが交代人格を持つなどということなど、まさかありえないだろう、というのが私たちの印象であるというのもよくわかる。