2011年5月8日日曜日

症例提示の仕方 (1)

30分面接が終わったからといって、安心してはいけない。それをどのように理解し、治療方針を立てるかを示すことが最終的なゴールだからである。米国の精神科専門医試験については、それを12~15分ほどの口頭によるプレゼンとして試験官に行う。(残りの15~18分は、プレゼンの内容についての口頭試問であり、全体が一時間で終了するという計算になる。ああ、思い出すだけで嫌になる。) プレゼンの際重要なことをあげれば、①聞く人にわかりやすいような提示の仕方をする。(病歴の提示に関しては時間軸上の順序に従ってin chronological order 行う。)② それにより面接者が少なくとも平均以上の精神医学的な知識を有していること、そして「安全な」臨床家であることが示されるようにする。③ 診断面接において十分に聞けなかったこと、聞き逃したこと、ないしは陰性所見があれば、それについての釈明や説明を行う。④ 診断や治療方針に関しては、ひとつの考えにとらわれず、いくつかの可能性を同時に考えられるような柔軟性を示す。
このうち①に関しては、一番説明がしやすい。誰かにある人についての説明を受ける状況を考えよう。どのように説明されたら一番わかりやすいだろうか?それを考えながらやればいいのである。診断面接とはうまくしたもので、実は面接した内容が、ほぼ順番どおりそのままプレゼンできるようになっている。ここに特別のからくりがあるわけではない。まず面接者が患者のことをわからなくてはならないが、その際に得るべき情報の順番が、ある意味で報告で伝える順番でもあるはずだというわけだ。
たとえば診断面接で、まず患者の年齢、性別、職業、家族構成や居住環境を最初のうちに聞くことを私は勧めたが、これはある人を理解するうえで最低限必要なことであり、またまず報告することでもある。その次も同様。まず主訴。それがどのように起きてきたか? きっかけは? それにより社会機能はどの程度奪われているか・・・・・。そう、診断面接で聞いたことの順番なのだ。(もうちょっと言うと、診断面接のフォームも、そのように作られている。)
プレゼンの仕方のひとつの指針をここで書いてみたい。一本芯を通すのである。主訴と、現病歴と、過去の病歴と、家族暦と、診断と、治療指針が一本の線上にあるようにする。小説を読んだりするときもそうだろう。全体がつながっていて、たとえば導入部で描かれたエピソードが話の伏線になっていることで、全体がつながっている感じが重要であり、それが呼んでいる人がその小説が「わかり」引き込まれる原因にもなるのだ。(ただし野田秀樹や伊丹十三のような、一見つながりがあまりない逸話が並んでいるような戯曲や映画などでは、全体にひとつのテーマがそれとなく流れていたり、ストーリー自体が実は単純なので、クリアー過ぎる芯をワザとぼかすということをするのだろう。一本芯は、あまり単純すぎると退屈になって面白くなくなってしまうのだ。)
この文脈で③が生きてくる。ここでこの所見があれば一本の線が引けるのに、そうではない時、聞き逃したかのうせいのあること、あるいは陰性所見を同時に報告するのである。もちろん現実の患者はその人生や病理の現れ方がさまざまな偶発事に左右されていることは十分ありうるので、それを補うことで、やはり相手にとって聞きやすく、理解しやすく(ということは自分にとっても納得しやすく)するのである。
一本の線は、プレゼンの最初から引かれ始めるべきである。例を挙げよう。
主訴が「家を出るのがこわい」であったとしよう。もちろんもう少し主訴として付け加えたいところだが、とりあえずこれが患者の口から、困っていることとして最初に出てきたものだとしよう。続いて現病歴として「2年ほど前より、外出時に・・・・・となることが多くなった。」という風に、家を出られないことの具体的な理由が述べられる事から始められるほうが聞きやすい。ところがたとえばこんな現病歴がプレゼンされたらどうだろう?
「去年の夏ごろより、Aさんは奥さんと話してもイライラすることが多く、家でも口をきかなくなって来たという。今年の初めより、夜間に不眠を訴えるようになった。食欲もなくなり、体重も減少した。奥さんはAさんの態度に耐えられなくなり、離婚話を持ち出したことから、Aは家庭での悩みを職場でも話すようになった。職場の帰りに同僚と酒を飲むことは続いていたが、その量が増えてきた。しかしそれでも仕事を休むことはなかった・・・・・」
ここら辺から聞いている人(試験官)はいらいらしてくるはずである。ぜんぜん一本の線を引き始められない(あるいは面接者がプレゼンをしつつ線を引く気になっていない、あるいは彼の頭の中で線が引けていない????)家を出るどころか、ぜんぜん会社にいけてるジャン。
「家を出るのが怖い」という主訴から、聞く人はすでにある種の恐怖症(対人恐怖、引きこもりも含めて)か統合失調症を予感している。次にくるのはうつ症状あたりであろうが、うつ病の場合は、「仕事にいけない」、「行く気になれない」という主訴になるはずで、しかもできない、やれないことは、家を出ることだけではないはずである。こうして報告を受ける人は、主訴を聞いた時点で、線を引くための点を頭のなかでどこかに打っているはずであるが、その次の現病歴がうつ病を匂わせるような、しかも外出が怖いというとは直接つながらない話であるために、すでに相当の混乱に陥っていることになる。
ここで主訴としての「家を出るのが怖い」というプレゼンの仕方が間違っていたということもいえるであろう。確かにそれは「一番困っていることは?」という問いかけに反応して患者の口から出てきた言葉かもしれない。しかし面接者は話を聞いていくうちにそれを自分流に理解したうえで「つまりしばらく仕事にいけていないので、周囲の人の目が気になっているということなんだな、一番困っていることはそもそも仕事に行くだけの気力が起きないことなんだな」と理解し、患者の話を総合して「仕事に行く気力が起きない」と言い換えればいいということになる。少なくともこれが主とそして最初に提示されれば、その後のややまとまりのない現病歴も、少しは入ってくるし、そこにうつ病を思わせる線を引き出すこともできるのである。
ちなみに陰性所見については、現病歴で「特に他人から害を及ぼされるような気がしたり、人とであったり電車に乗ったりすることそのものに特別恐怖心を抱いているわけではない」ということを報告することで、恐怖症や統合失調症の路線ではないことを相手に伝えることもできるわけである。(また最初からうつ病を疑ってしまい、たとえば被害妄想や被害念慮についてまったく面接で聞いていなかった場合には、そのことをここで釈明ないしはコメントしなくてはならない。面接者としては、自分の面接の不備さを暴露することに抵抗を覚えるかもしれないが、試験官の目には、「自分の面接の不備な点について気がついてさえもいない愚か者」ということでさらに減点されるということになる。)(続く)

2011年5月7日土曜日

ちょっと好きになれない寿司職人

いつにもましてドーでもいい内容だから、字も小さめである。昨日引っ越したばかりで近所の寿司屋にはじめて入ってみた。徒歩30秒でロケーションはよかったが、あまりいい体験ではなかった。メニューには「今日のコース」というのがあって、比較的安く(3000円程度)それを親子3人でそれぞれ頼んでみた。カウンター席しかなかったが、神さんがそもそも「生ものが嫌い」という目の当てられないような状況だったのがいけなかった。(そもそも生もの嫌いで寿司屋に行くな!)「苦手なものはありますか」、と一応聞いてくれた寿司職人は、年のころは30代後半、小太り、茶髪である。その誘いについ乗ってしまい、「ツブツブしたものが苦手で・・・」と神さんがつぶやいた辺りからもうおかしくなった。おそらく自分のネタを「ツブツブしたの」と言われてちょっと気分を害した寿司職人はそれでも苦笑い。「イクラとかウニとかが駄目なんで・・・」と神さんがさらに明確化。「コースにウニが入っているんですが、どうしましょう?」と職人。私が「じゃ、その分、卵焼きか何かに代えてください」と言うと、寿司職人は薄笑いを浮かべて「卵焼きに代えるといっても・・・・・いいんですか?」となぞの問いかけ。私は「値段がつりあわない、ということですか?」、と尋ねると、寿司職人が曖昧ながら肯定した様子。私が「じゃ、卵焼きを二つでも三つでもくださいよ。」と言うと、職人は薄笑いの苦笑い。「いや、そんなわけにも行きませんよ。」卵焼きにも力を入れているから、馬鹿にされては困る、ということなのか?ここら辺からもう寿司職人は、「こんな客を相手にしてられないなー。常識がわかってないじゃないか。」という雰囲気。私たちの後に入ってきた明らかに常連と親しげに会話を始める。
コースは結構おいしかった。牡丹エビ。中トロ、北海道のウニ、真ダコ、などなど。でも二十歳の息子には十分でなく、卵焼きと鯵を追加で欲しいという。寿司職人に私が「卵と鯵を一つずつ」声をかける。すると職人が「一つずつ・・・ですか?」とまた苦笑いの薄笑い。一つずつなんて握れない。二艦が一単位なんだ、ということらしい。それを察して「じゃ、二つずつ。」
そりゃーいつも回転寿司で満足している我々は寿司屋の常識を知らない。(実はちゃんとした寿司屋に一家で行ったことは、今回がはじめてであった。)でも馬鹿にされた感じ。寿司と言ったって、たかがご飯の固まりに生の海産物を載せたただけじゃないか。気取るな、と言いたい。でも面白い人間観察の体験でもあった。

2011年5月6日金曜日

MSEで何をどのように聞くのか?(後半)

診断面接は後終了まで2分に迫っているのであるが、なぜか時間の流れが遅くなっているようである。ちょうど漫画「巨人の星」で飛雄馬が消える魔球を一球投げるのに数ページを費やしたように。
ところで昨日MSEでは患者の見た目 appearance, 話し方 speech, 見当識 orientation, 記憶 memory, 知能 intelligence, 知覚体験 perception, 思考 thought, 情動 emotion, 感情 affect を調べる(またコピペをしたが、正確さを期して「知能」、も含めた)といったが、これを「精神症状」という。昨日書き忘れた。MSEとは「精神症状検査」とでも言うべきものであるが、適当な訳語はまだないと思うので、このままにしておく。時計の針がもう30分にさしかかろうというときに面接者が忘れてはならないのは、「先ほどの三つを覚えていらっしゃいますか?」である。「先ほどの三つって?って?」駄目だコリャ。ただしかなり有名な先生の診断面接のデモンストレーションでも、この三つを患者に聞き忘れるのである。ある例では、面接者が「では、これで終わります。有難うございました。」というと、患者が「こちらこそ。ところで、先生、まだ私は覚えていますよ。リンゴ、帽子・・・・」。しかし記憶について質問した当の面接者が、それを確かめ忘れるのはしゃれにならないが、それでもってその面接者が専門医試験に落ちるということはない。それはなぜか。
それにより患者を危険にさらすという恐れがないからだ。以下に述べるとおり、面接者は第一に「安全」な治療者でなくてはならない。それを疑わせるような面接を行なわない限り、失格ということはない。(ちなみにそれとの関連で、実際診断面接の試験でこれをやってしまっては落ちる、ということはあまりないが、ひとつ例外がある。それはうつを思わせる患者に自殺念慮を問わなかったという場合である。決定的な質問を失念してしまうことで、その面接者は、安全とはいえなくなってしまうからだ。)
さて患者が2つ、ないし3つを思い出したところでもう1分しか残っていない。MSEでまだ聞いていないことの中で大切なものは何か、ということをざっとさらって見る。ここで私なら「誰もいないところで声が聞こえてきたりすることはありますか。」を聞いておきたい。いくら統合失調症が病歴から疑わしくないといっても、幻聴の有無を聞くぐらいはしておきたい。さらにすでにうつ病の患者に自殺念慮があることを確かめていたとしたら、このMSEではこのように尋ねるのが必須となる。「先ほど死んでしまいたいという気持ちになられるということでしたが、今現在そのような気持ちはありますか。」これに対して答えが「はい。」であれば、次のように問わなくてはならない。「具体的に、どのようにしてそれを実行しようとなさっているか、考えがあればお聞かせください。」これは自殺念慮の切迫さを問うていることになる。
こうして時間は30分の面接の終了となるが、最後には必ず「締め」の挨拶が必要となる。
短い時間ではありましたが、ざっとご様子をお聞きしました。この検査の結果や治療方針については後ほどお伝えいたします。お疲れ様でした。」


診断面接を行なう面接者の資質


以上診断面接の手順について触れたが、ここでは面接者の以下の3つの資質や能力を問うていることになる。
1. 安全な面接者、臨床家か。患者の示す精神科的な所見について、それが患者にとって不利益になったり、他者を害するような可能性を正しく見抜くことができるか。
2. 平均的な臨床家としての臨床的な知識を備えているか。
3. 患者との間に適切なラポールを築くことができているか。
診断面接とは、患者の心に隠されている決定的な病理を探り出すという特別な能力ではない。ごく当たり前の質問を投げかけ、あるいは当たり前の観察眼を持ち、安全であることを期して質問を重ねた場合に、誰でも行き着くような診断的な理解に、その人も行き着けるか、ということが重要なのだ。

2011年5月5日木曜日

MSEで何をどのように聞くのか?(前半)

5月3,4,5日と東北に行ってみた。仙台から松島、女川、石巻、南三陸町。帰りの新幹線で外から見える景色に、「どうしてこちらはちゃんと家が立っているのだろう」とふと錯覚に陥ることがあった。しかし松島だけは深刻な災害を免れ、観光客を沢山目にした。


MSEの進め方は、テキストにより色々な記載があるであろうが、厳密なやり方はあまりない。明らかにすべきことは、患者の見た目 appearance, 話し方 speech, 見当識 orientation, 記憶 memory,知覚体験 perception, 思考 thought, 情動 emotion, 感情 affect の今現在の様子である。ちょうど内科医がまずは患者に口を開けてもらい、喉を見て、それから眼底を見て、それから首を触診して甲状腺やリンパ腺の肥大を見て…というふうに、現在の患者の心のあり方を記載する。ただし忘れないでいただきたいが、時間はもう5分しかないのである!どうしてあと5分で患者の見た目 appearance, 話し方 speech, 見当識 orientation, 記憶 memory, 知覚体験 perception, 思考 thought, 情動 emotion, 感情 affect を調べることが出来るのだろうか?(ここは明らかにコピペをしている。)実はこれらのうちのいくつかはすでにこれまでの面接のプロセスで調べられているのである。見た目や話し方、情動などはすでに話し方などを通じて明らかだからだ。すると最後の5分で面接者が新たに質問をすることにより明らかにするべきことは限られている。私がまずおすすめするのは次のような順番で質問を向けることである。
「まず今日の年月日を教えていただけますか?」(患者が何月何日、で終わる場合には、何曜日か、西暦、あるいは元号で何年かを促す。)
「これから3つの物の名前をあげます。あとでお聞きしなおしますので、覚えておいていただけますか? りんご、帽子、心理学」(もちろん最後の3つは何でもいいが、互いに無関係なものがいい。りんご、赤、サル、という3つをあげると、患者は、赤いりんごを食べている猿を想像してしまい、個別の3つの項目を覚えるということとは異なってくるからだ。もちろんこの3つは、自分の得意なものを用意しておく。その場で思いついた3つを覚えておこうとしても、患者さんよりさらに覚えていられない可能性がある。何しろ面接者は質問をどのように進めるか、何を忘れずに聞くかで頭がいっぱいだからだ。あるいは3つを即興であげたなら、それを何処かにメモしておくように。それとなぜこの質問をMSEの最初にするかというと、3分後にこの質問を患者さんに向けなくてはならないからだ。つまりこれは短期記憶を調べるのであるが、その前には、記銘が出来ていなくてはならないので、次の質問は忘れずに。)
「今私が言った三つを繰り返していただけますか?」患者が3つを正確に繰り返したのを見届けて、次に質問すべき幾つかは、もう心で準備しておく。
「100から7を何回か引いていただけますか?まず100引く7は? そこからもう一度7を引くと?  もう一度?」(だいたい100,93,86,79,72くらいでよしとする。集中能力の検査。)
「現在の総理大臣はだれですか?」(一般常識)。
「次の二つに共通しているものは何かを上げてください。猫とライオン(ネコ科)、猫とネズミ(哺乳類)、猫と蚊(生き物)」(抽象思考の検査)。
ここで大体2,3分は経っているので、もう尋ねてもいい。
「先ほどの3つを覚えていらっしゃいますか?」
さて、この時点でおそらくあと面接時間は2分ほどしか残っていない・・・・・。読者の中にはこういう質問があってもおかしくない。
「MSEはもっと早く始められなかったのですか?」もっともである。

2011年5月3日火曜日

大嵐の前の4分

さてこんなことをしている間に、時計の針は21分をさしている!社会生活暦、家族暦、医学的問題のチェックを4分でしなくてはならない。患者の幼少時から思春期、青年期、壮年期について、学校での適応、学歴、職歴などをみな4分で聞かなくてはならないなんて・・・・。ただし焦ることはない。質問の仕方はいくらでもある。どのように質問を向けるかに注意すれば言い。幼少児のことだって、「小さいころの思い出で、なにか強い印象に残ったことがありますか?」と聞くことで、すでに多くのことを一挙にカバーしていることになる。ただし精神科の面接では、もう少し焦点づけた質問のしかたをするのだが。私は以下の点についてははずさないで聞くようにしている。逆に言えば、それ以外はあまり重要度が高くないということだ。
「小さい頃の様子はいかがですか?何かとてもつらい思いをしたりしたことは?」そして相手の反応を見ながら、もう少し詳しい質問を欲しているという空気を読み、言葉を継ぐ。「たとえばとても厳しく育てられたとか、体罰を受けたとか、あるいは学校でいじめにあったとか・・・・・。」もちろん幼少時の性的、身体的虐待の有無を含めて聞こうとしているのであるが、なかなか言葉にしにくいことでもある。深刻な問題が幼少時にあったと感じられた際は、その存在がほのめかされたというだけでもいい。だいいち4分しかないのだ。(米国ではここらへんはかなりはっきり口に出して聞くことが多い。In your childhood, have you ever been physically or sexually abused? などというふうに。)
もちろん幼少時、学童期には他の問題についても聞いておきたい。「友達とはいかがでしたか?成績はどの程度でしたか?」成績の話などぶしつけだが聞いておきたい。ただしこれまでの話の経過から大学を卒業しているということがわかっているなら、成績の話を省いてもぜんぜんかまわない。「少なくとも平均以上の知能」という見立ては出来ているからだ。本人がIQ 130以上なのか、特異な音楽の才能があるか、などはこの際は重要ではない。あとは学校を出てからの職歴。長期間仕事を持たない時期があったかどうか?ここら辺はざっとさらう程度で患者さんの機能レベルを伺うことになる。もし引きこもりの問題がうかがわれる際には不登校の時期の有無、いつごろからはじまったのかを聞いておくことも重要となる。
家族歴はさっと一言で片付けることが多い。「ご家族や親戚の方々で、精神科的な治療を受けられたり、入院されたり、あるいは自殺をされたりした方はいらっしゃいますか?」ここでもし両親ともうつ病の既往があるなどということが聞かれれば、これは本人の確定診断に多少なりとも影響がないわけではない。しかしそれとて決定的ではない。家族歴が診断面接では最後の方に回り、手短に聞かれるとしたら、それはその情報源としての意味があまりないから、ということになるだろうか。
さてここら辺から面接者は時計と睨めっこである。どうしてもこの面接は最後の5分前には一段落付けなくてはならないからだ。大嵐のために。

2011年5月2日月曜日

診断面接の後半 嵐のような15~25分

診断面接は、後になるにしたがって、ますます「構造化」されていく、と数日前に私は書いた。つまりオープンクエスチョンは減っていき、クローズドクエスチョン、あるいはイエス、ノークエスチョンが増えていく。もっとひどいと、患者さん(今日はさんを付ける)が言いよどむ場合には答えを待たずに別の質問に移る。いささかマナー違反なこともしなくてはならないが、それはこの面接が、診断をつけるという目的を持ったものだからやむをえない。患者さんをせかせてもそれで憤慨させてしまわないだけのラポールをすでにつけておくことが前提だ。あるいはそのような矢継ぎ早の質問になっていくことをはじめにお断りしておく。そうすれば運よければ患者さんはジェットコースターに一緒に乗ってくれるのである。
さてなぜ15分目から25分目が嵐のようかといえば、時間がないからだ。最後の5分をあらかじめ予報しておくと、大嵐、である。なぜならMSEが待っているからだ(後述)。主訴と現病歴を把握する、という最初の15分と、大嵐の最後の5分間にはさまれた10分に、面接者は次のことをしなくてはならない。主訴以外の精神医学的問題がないかの探索、過去の病歴(既往症)、社会生活暦、家族暦、医学的な既往症のチェック、である。どうだ、忙しいだろう。最初の15分で患者さんの問題には大体当たりをつけてある。でも実はもっと大きな、あるいは決して無視できないことが起きていて、患者さんはそれを主訴に上げていない可能性がある。何しろ主訴は「主」訴であり、「副」訴ではない。(ちなみに「副訴」などという用語は聞いたことがない。)患者さんはあくまでも主訴を伝えることを最初の質問で要請されているに過ぎない。例え面接者が首尾よく患者さんのうつ病歴について大まかに把握し、過去に入院歴があるらしいこともわかり、またかつてそう状態になったことがないということまで把握していても、たとえば患者さんが長年アルコール引用を続けていて、そのために仕事を失っているというヒストリーがあったらどうだろう?アルコールの長期乱用はうつ病に大きく影響を与える以上、アルコール依存症という問題は無視できない。そしておそらく面接者が探りを入れる中でアルコールについてたずねない限り、患者さんのほうからそれを伝えるということは少ないのだ。面接者はここで悩む。出来れば過去の入院暦について、外来での治療暦について知りたい。それは患者さんの現病歴に深さないしは時間軸を与えるだろう。でも現在のほかの問題についてたずねるのは、現在の問題に更なる奥行き、平面軸上の広がりを与えてくれる。どちらに行くべきか・・・・。ここら辺はどの精神科のテキストにも書いていないことだが、私なら、既往症に行く前に、「副訴」(ないない)に探りを入れておく。なぜならそのほうがリスクが少ないからだ。もし過去の病歴について、たとえば10年前にはじめて精神科の外来を訪れ、5年前に第一回の入院歴があり、3年前に第2回の入院があり・・・・という話を聞いてから、「ではうつ病以外に何か精神科的な問題は?」と尋ねられた患者さんがアルコールの問題を持ち出した場合には、面接者は非常に焦りを覚えるだろう。それよりは17分の時点で「そうか、この患者さんにはうつ以外にも、アルコール依存があるのか。こりゃ大変だぞ」と覚悟を決めて、「では欝やアルコールの問題、あるいはそのほかのことで、初めて精神科におかかりになったのはいつですか?」とたずねたほうが時間が節約できるのである。
他の問題の探り方
「副訴」と使い続けるとクセになりそうなので、「他の問題」と言い換えよう。ここも時間を節約しながら、的確に聞いておきたい。
勧められない尋ね方。「今までうつの症状についてお聞きしましたが、他の問題、たとえば一気に食べ過ぎて、後で吐いてしまったりとか、しばらくの期間一切食べ物を口にしない、というようなことがありますか?あるいはひとつのことを繰り返して行ったり考えたりして、それが頭を離れないようなことはありますか。あるいは・・・・」
これをはじめると大変なことになってしまう。前者は摂食障害について、後者は強迫症状について聞いているのであるが、もちろん患者さんには専門用語を使うわけには行かないから、平易な言葉を使うしかない。するとこの路線で、PTSDとかパニック障害とか社交恐怖とか身体か障害とか、解離性障害などなどの神経症圏の病気について同じことをやらなくてはならない。そこで・・・・
あまり勧められないが、やむを得ない尋ね方
「先ほど精神科の先生におかかりになっているとお聞きしましたが、診断名についてはお聞きになっていますか?たとえばうつ病以外には何かお聞きになってはいませんか?」
もちろん患者さんが精神科にかかっていない場合にはこの手は使えない。そこで次のような質問をすることもありである。
「精神科にはうつ病以外にもさまざまな問題があります。いかがでしょう、時々不安に襲われたりパニックになったりしたことはありますか? あるいはひとつの習慣がやめられなくて困ったりしたことはありますか? 考えや行動がとめられなかったり、習慣がやめられなかったり・・・・」
不安に襲われ、パニックになる、という表現は実は不安性障害一般を広くカバーする。パニック発作やPTSDに悩む人はすぐにピンと来て肯定するだろう。また習慣に関する問いも、過食嘔吐や買い物依存や、DVやアルコール依存やパチンコ中毒など、あらゆる障害を持つ人がピンと来る聞き方だ。もしそれでアルコール依存の既往が聞けなかったらって?You gave it a try anyway. That’s enough.
ところでここまで書くと、次のような疑問の声が聞こえてきそうだ。「いろいろ探りを入れていても、肝心の統合失調症について聞いていないではないか?」
もちろんそのとおりだ。統合失調症を疑うならそれに則した質問をすればいい。しかし統合失調症の既往があるかどうかは、大体この時間帯になるとおのずとわかっているのである。あえて聞かなくてもいい。どうせ最後の大嵐の5分のMSEで聞くことになるのだ。「ところで現在、あるいは過去に誰もいないのに人の声が聞こえてくる、という体験をお持ちですか?」

2011年5月1日日曜日

今日は新宿区の日本青年館で「対象関係論勉強会」北山修先生の講義の司会。一日中おかしな天気で、何とか雨を逃れていたが、帰宅途中に土砂降りになった。午前、午後と北山先生による治療同盟の講義及び症例の報告。臨床家としても、レクチャラーとしても、そして理論家としても、どうして彼はこれほどに完成されているのだろうとつくづく思う。そして司会という立場でそれを傍で見られることはつくづく幸運なことである。