ここでこれまでの議論をまとめておこう。
AIが言語メッセージのみのやり取りで対話をし、完全に正直であるものの、人間ではないことを明かさないようにプログラムされた場合には、私たちはほとんど生身の人間と同じように(物事を理解し、クオリアを有し、感情を有する存在として)AIとかかわることができる可能性がある。
すると例えばAIが治療者的な立場にあるとしたら、そのAIに転移を向け、いわゆる転移神経症の状態となるであろう。そしてこれから述べるように、その意味でAIは治療者として様々な利点を持っていると私は考えている。
ところでここまでの議論から私がどうしても思い出すのは、手塚治虫の漫画である。彼の不朽の名作「火の鳥」の未来編に「ムーピー」という「シリウス12番星から連れてきた」という宇宙人が登場する。「ムーピー」はAIではなく、不定形のアメーバのような生命体であるが、人間のイマジネーションを受けて自由自在に姿を変え、事実上人として振る舞うことが出来る。つまりあらゆるレベルでチューリングテストに合格するのである。私は近い将来(というよりはその一部はすでに実装されているが)フィジカルAIがますます身近なものとして私たちの生活に浸透してきた場合には、AIはちょうどこのムーピーのような存在として私たちと生活を共にする可能性があると考える。人は将来実際の人間と区別がつかないようなフィジカルAIと認定するテストのことを「ムーピーテスト」と呼ぶようになるかもしれない。
2.治療者としてのAIの特徴
ここからが本章の中心部分であるが、要するにAIは治療者としてどうなのかという問題である。これは間違いなくその役割を果たしていると言えるでしょう。いわゆるチャットボット、対話型のAI、たとえばChatGPTとかジェミニとかクロードが世に出てまだ3年くらいしか経っていないのに、すでに立派に私たちの相談相手になっているわけである。最近AIが治療者として振舞うことに伴う危険性が語られる事が多いのであるが、そのことはまさに、AIが治療的な役割を果たしているからこそ起きてくる議論なわけなのだ。これから10年、20年経てばAIが現在持っているとされる様々な問題をクリアするであろうことは明らかだと思う。
例えばパソコンやケータイが出回ってからまだ3年しかたっていなかったときのことを思い出せばわかるであろう。その時はそれらは極めて不十分な機能しか果たせていなかったはずだ。(パソコンなら1975年が最初。それから3年経ってもまだ黒い画面のDOSモードだっただろう。Windows などはるか先の話だ。)それから30年、40年経ったときのそれらの機器の変貌ぶりを思えば、AIがこれから10年、20年後にどのような状態になっているかは想像に難くない。先ほど書いたように、間違いなくAIはフィジカルAIになっていて、つまり身体を持ったAIとして私たちの生活の中に溶け込んでいるのであろう。既に介護の現場や受付業務などではフィジカルAIがその役割を果たしているのはご存じであろう。
しかし古いタイプの人間ならAIに向かって相談するなんて、そんな馬鹿な、と思うかもしれない。AIは本物の心ではないのに、どうしてそれを信頼してまともにやり取りをすることができるのだろうか?というわけだ。そこで私は直接AIに質問を向けてみた。(続く)