今日は元旦だが、執筆は続く。
PDの心理療法の11か条
PDに対する心理療法を行うにあたり心がけておくべきことをGabbard(2017)は実証的な研究と脳科学的な研究から以下の項目について必要性を語っている。(なおこれには筆者による大幅な改変が伴っている。)これらはこれは主としてBPDの治療に向けられたものであるが、広くPD一般に通じるものと考えられる。またどのような治療のモダリティについてもおおむね妥当なものと考える。これらに加えて筆者が必要と感じる項目を以下に述べる。
1.柔軟性を保持すること
治療者が自らの信条を持つのは大切であるが、それまでの訓練に基づく治療技法やアプローチは具体的な患者のニーズに合わせて柔軟に用いるべきであろう。洞察を促す探索的なアプローチと、安全で安心な治療関係を促進する支持的なアプローチはその時々で柔軟に使い分けられるべきである。BPDの治療に際しては治療者が情緒的に揺さぶられることも多く、治療構造を守ることの重要性は言うまでもない。治療構造を崩すことは時には悪性の対抗を促進するが、それを警戒することで初心の治療者が防衛的になることは、患者にとっては冷淡で反応に乏しいと思われがちになることにも気を付けなくてはならない。治療はいわば患者との「ダンス」であり、そこで患者が持ち込む様々な関係性のパターンを体験することになるが、それに押し流されることなく、治療者の自発性もまた大きな意味を有する。
2. 精神療法を実行するための条件を確立すること
治療の開始に際しその治療関係が患者にとっても治療者にとっても安全が確保されるべきものとなるように、いくつかの治療契約を結ぶことは重要となる。守秘義務が守られるという保証を与え、料金の支払いや時間の設定が約束されるべきこと、また患者の差し迫った自殺の危険性に対しては入院も必要となる可能性があることを伝えることも大事であろう。セッション間の電話などによる通信に関しては治療スタイルにより異なる対応がなされるが、危機的状況では治療者への連絡が取れる手段を設けておくことは、患者が治療者に理解され抱えられる感覚を得るためには必要であろう。
3.受け身的なスタンスを回避すること
治療者は受け身的なままにとどまらず、患者が目を逸らそうとしていることに注意を促す必要がある。治療者は患者に、変化を起こすためには努力が必要であるということを伝え、よりよい刺激や現実の提供を行うことに治療者は積極的であるべきである。そして患者が自分のことを考えること、として他者の気持ちを考えることの努力がBPDの治療のためには必要である点を強調する。ただしこのことは患者の過去のトラウマの記憶への直視を促すことを必ずしも意味はしない。(第10か条に関連)
4.治療者は「悪い対象」となるという役目も引き受ける用意を持つこと
患者の多くはわずかなトリガーに反応し、治療者に怒りを向けることがある。それは半ば生物学的に定められている。治療者は客観的、中立的な存在のままでいたいという願望を放棄し、言わば「程よく悪い対象 bad-enough object」となることをいとわないことも重要である。患者から怒りや攻撃性を向けらた時に最低限の情緒反応を有する「生きた人間」としての姿を見せることで、無反応な治療者を力ずくで動かしたいという患者の試みを回避することが出来るかもしれない。
5.怒りの背後にある痛みに共感すること
患者からの挑発に怒りで返すことは、BPDの患者の過去において繰り返された対象関係に加担することになる。むしろその背後にある患者の傷付きに注目すべきである。従来の精神分析的な考え方では、患者が本来有する攻撃性を指摘し解釈することが有効であるとされるが、これには例外がある。特に患者のトラウマや自己愛の傷つきがその怒りの背後にあることを見出すことで、治療者は患者の怒りが自分への個人攻撃ではないことに思い至り、患者からの挑発に乗ることを思いとどまる力となるだろう。