2026年1月21日水曜日

レマ書評 ②

 引き続きキャンベルのまとめから。ちなみに( )内は私の考え。

美容整形願望の動機となる三つの空想

レマは分析家であり、当然のことながらその考察も緻密でかつ「分析的」である。美容整形願望の動機となる三つの空想として、レマは「自己製-空想」「再生空想」「完全一致空想」をあげ、それらが母親とのかかわりの中でいかに醸成され、彼女たちに美容整形に向かわせたかの緻密な記述がある。(これらの空想が美容整形を求める人たちにどの程度偏在するのかは分からないが、少なくとも精神分析的な作業を行うことでこれらの空想が扱われ、その結果として美容整形とは別の手段を選ぶことになる人たちもいるのであろう。)


向けられたまなざしの反転

レマの身体への関心は、まなざしというテーマにも向けられる。他者の視線も、自己の視線もその向けられる先は身体を含む。他者の視線が自分を飲み込む性質のものならば、それは去勢してくる存在とも形容されるだろう。提示されているBさんという男性のクライエントは、屍姦幻想により、つまり他者を死者とみなすことで女性に入っていくことが出来たという。(確かに他者の視線と、その目に映る私とはセットになっている。だからたとえば仮装をしたり、着ぐるみに入ったりすると、他者の視線は全く違ったものになるだろう。)

無力感から万能感へ

この章のテーマは最近のSNSの世界に生きる若者へと視線が向けられる。そこで登場する二人の思春期の患者のテーマは「いかにサイバースペースが身体や心から逃避する手段を提供するか」である。彼らは分析の作業により、仮想現実に没頭する彼らがいかに自らの身体に宿る恐るべき他者性をコントロールできるようになったかを語る。(このテーマは「まなざし問題」と対になっているとみていいだろう)。


「正しい」身体を探して


トランスセクシュアルについての章。トランスセクシュアルの人たちは、「受容的な心を与えてもらえなかったから」という事である。(これにはちょっと異議ありである。この解釈は余りに分析的すぎ、責任を養育者に帰することになってしまうのではないか。そして治療によりそれがあたかも治癒する可能性を示唆しているようである。)