精神症状検査
初回面接が終了する前にできるだけ施行しておきたいのが、精神症状検査 mental status examination である。ただし初回面接でそれをフォーマルな形で行う時間的余裕はあまりなく、およそ5分ほどを使って、それまでの面接の中ですでに確かめられた項目を除外しつつ簡便に行うことが通常である。解離症の疑いのある患者には、意識や見当識および知覚の領域、たとえば幻聴、幻視の性質、記憶喪失の有無、転換症状等についてカバーしているかが重要となる。
なお精神症状検査には、実際に人格の交代の様子を観察する試みも含まれるだろう。ただしそこに強制力が働いてはならない。解離性の人格交代は基本的には必要な時以外はその誘導を控えるべきであるということが原則とされる。しかしそれは別人格が出現する用意があるにもかかわらずことさら抑制することを意味はしない。精神科を受診するDID の患者の多くが現在の生活において交代人格からの侵入を体験している以上は、初回面接でその人格との交流を試み、その主張を聞こうとすることは理にかなっていると言えるだろう。
ただしこのような人格部分との接触は、ハイリスクハイリターンな試みであり、時には混乱や興奮を引き起こすような事態もあり得るため、他の臨床スタッフや患者自身の付添いの助けが得られる環境が必要であろう。初回面接ではそのような不測の事態を回避し、より治療関係が深まった時点で行っても遅くはない。なお口頭で行う精神症状検査に加えて、DES のより簡便なバージョンの併用も解離症状を大まかにつかむうえでは有用である。(田辺肇:病的解離性のDES-T簡易判定法 解離性体験尺度の臨床的適応上の工夫 pp285-291 こころの臨床à·la·carte星和書店、2009年)
診断および鑑別診断
解離性障害にはいくつかの種類があるが、内部にいくつかの人格部分の存在がうかがわれる際にも、それらの明確なプロフィール(性別、年齢、記憶、性格傾向)が確認できず、またそれらへのスイッチングが確認できないならば、DIDの診断は留保すべきであろう。また解離性の遁走を主たる症状とする患者についても、その背後にDID が存在する可能性を考慮しつつも、初診段階では聴取できた内容に基づく診断、すなわち遁走を伴う解離性健忘に留めることになる。
なお解離性障害の併存症や鑑別診断として問題になる傾向にあるのは以下の精神科疾患である。統合失調症、BPD(境界パーソナリティ障害)、躁うつ病、うつ病、側頭葉てんかん、虚偽性障害、詐病、など。これらの診断は必ずしも初診面接で下されなくても、面接者は常に除外診断として念頭に置いたうえで後の治療に臨むべきである。
診断の説明および治療指針の説明
初回面接の最後には、面接者側からの病状の理解や治療方針の説明を行う。無論詳しい説明を行う時間的な余裕はないであろうが、短時間の面接から理解しえた診断的な理解やそこから導き出せる治療指針について大まかに伝える。それにより患者自らの障害についての理解も深まり、それだけ治療に協力を得られるであろう。診断名に関しては、それを患者に敢えて伝える立場と伝えない立場があろうが、筆者は解離性障害に関する理解を伝える意味は大きいと考える。少なくとも患者が体験している症状が、精神医学的に記載されており、治療の対象となりうるものであるという理解を伝えることの益は無視できないであろう。それは患者が統合失調症という診断を過去に受けており、しかもその事実を十分に説明されることなく投薬を受けているというケースが非常に多いからだ。
患者がDID を有する場合、受診した人格にそれを伝えた際の反応はさまざまであり、時には非常に大きな衝撃を受ける場合もある。ただし大抵はそれにより様々な症状が説明されること、そしてDID の予後自体が、多くの場合には決して悲観的なものではないことを伝えることで、むしろ患者に安心感を与えることが多い。ただし良好な予後をうらなう鍵として、重大な併存症がないこと、比較的安定した対人関係が保てること、そして重大なトラウマやストレスを今後の生活上避け得ることについて説明を行っておく必要がある。
治療方針については、併存症への薬物療法以外には基本的には精神療法が有効であること、ただしその際は治療者が解離の病理について十分理解していることが必要であることを伝える。また初回面接には時間的な制限があるために、解離性障害の詳細を説明するよりは、それについての解説書を紹介することも有用であろう(岡野、2007など)。解離性遁走に関しては、最終的な診断が下された後は、筆者は患者の記憶の回復が必ずしも最終目標ではなく、出来るだけ通常の日常生活に戻ることの重要さを説明することにしている。
岡野憲一郎 (2007)解離性障害入門 岩崎学術出版社