本稿は解離症の精神療法というテーマで論述を行う。ここで扱う精神疾患は機能性神経症状症 functional neurological disoder または変換症 conversion disorder (以下FND) を含む解離症一般であるが、その中でも解離性同一性症 (dissociative identity disorder、以下DID)、解離性遁走( dissociative fugue、以下DF)については臨床上の特異さもあり、特に詳しく論じることにする。
1.解離症の患者との初回面接
最初の声かけ
精神科医が一般の臨床で実際に出会うことは決して少なくない。しかしまだ解離症についての精神科医の認知度は高いとは言えず、見逃されるケースも少なくない。解離症の初回面接においては、患者は自分の訴えをどこまで理解してもらえるかについて不安を抱えていることが多い。面接者は患者にはまず丁寧にあいさつをし、初診に訪れるに至ったことへの敬意を表したい。DIDの患者は多くの場合、すでに別の精神科医と出会い、解離性障害とは異なる診断を受けている。またそのような経験を持たなかった患者も、その症状により周囲から様々な誤解や偏見の対象となっていた可能性を、面接者は念頭に置かなくてはならない。
解離症の患者が誤解を受けやすい理由は、解離(転換)の症状の性質そのものにあると考えられる。DIDのように心の内部に人格部分が複数存在すること、一定期間の記憶を失い、その間別の人格としての体験を持つこと、あるいは転換性障害のように体の諸機能が突然失われて、また回復することなどの症状は、私たちが常識的な範囲で理解する心身のあり方とは大きく異なる。そのためにあたかも本人が意図的にそれらの症状を作り出したりコントロールしたりしているのではないか、それにより相手を操作しようとしているのではないか、という誤解を生みやすい。そして患者はそのように誤解されるという体験を何度も繰り返す過程で、医療関係者にさえ症状を隠すようになり、それが更なる誤解や誤診を招くきっかけとなるのだ。
初診に訪れた患者に対してまず向けられる質問は、患者の「主訴」に相当する部分であろう。筆者の経験ではそれは「物事を覚えていない」「過去の記憶が抜け落ちている」などの記憶に関するものが多い。それに比べて「人の声が聞こえてくる」「頭の中にいろいろな人のイメージが浮かぶ」などの幻覚様の訴えは、少なくとも主訴としてはあまり聞くことがないが、これも解離症の存在を示す重要な訴えである。