2025年8月10日日曜日

対談を終えて 5 

 ② インセンティブ感作理論

 まず今春出した「脳から見えるトラウマ」の「男性性とトラウマ」の章で書いた部分をまず引用する。つまりこの時点では以下の程度のことしか書けなかったわけだが、今回はISMに関連させつつ、それをもう少し拡張したいと思う。

 男性性のもう一つの問題は、その性的な欲求は、それが楽しさや心地よさを得ることで充足されるとは必ずしも言えないということである。むしろそれが今この瞬間にまだ満たされていないことの苦痛(すなわち一種の飢餓感)が、男性を性行動に駆り立てるという性質を有する。身も蓋もない言い方であるが、男性の性愛欲求の達成は「排泄」に似た性質を有するのだ。
 このような性質をもう少し学問的に表現するならば、男性の性的満足の機序は、嗜癖モデルに似ているのだ。さらに詳しくは、いわゆる incentive sensitization model (ISM)(インセンティブ感作理論,Berridge & Robinson, 2011)に従ったものとして理解をすることが出来る。このモデルは次のように言い表される。

 嗜癖行動においては、人は liking (心地よく感じること)よりも wanting (渇望すること)に突き動かされる。つまりそれが満たされることで得られる心地よさは僅かでありながら、現在満たされていないことの苦痛ばかりが増す。これが渇望の正体であり、これは一種の強迫に近くなる。
 男性の性愛性もこの嗜癖に近く、ある種の性的な刺激が与えられると、性的ファンタジーが湧き、この wanting だけが過剰に増大する。しかし通常はそれを即座に満たす手段がないために、それを抑制するための甚大なエネルギーを注がなくてはならないのだ。

ところでこの liking (以下L)と wanting (以下W)との違い、さらっと聞くと分かった気になるが、よく考えると実に難しい。例えばスロットの依存症になっている人を考えよう。スロットをやっている最中に感じられる「楽しいなあ」という気分がLだ。ではWは?スロットをやっている最中にはそれは体験できない。だってスロットをやっている時には「ああ、やりたい、やりたい」とはならないからだ。しかしスロットをやっている最中にWを体験する特別な方法がある。それは今、スロットをすぐさまやめて帰宅する、ということを想像した時に体験されるのだ。「今このスロットを楽しんでいる(あるいはいない)が、これを今やめることは絶対出来ない」という形で体験されるのがWであるとするならば、WとLは全く違った体験ということになる。Lはスロットをやっている今味わっていること。それに比べてWはスロットをやっていない時にスロットをやっている体験を想像した時、あるいはスロットをやっている時にそれを止める体験を想像した時に味わわれる。Wはある体験の欠損状態において体験される、こう言ってしまえばいいか分からないが、バーチャルな感情体験なのだ。そして同じような体験としては強迫行動がある。カギをチェックしている時は馬鹿らしいと思う(Lはむしろマイナスだ。)しかしチェックしないことを想像すると居ても立っても居られない。構造としては似ているのだ。