2024年12月4日水曜日

解離と知覚 推敲の推敲 2

 トラウマとの関連性

上述のアンナO.の例のように、心的外傷が種々の解離症状の引き金になることが多い。以下に述べるように、その中でもそれが解離性の幻覚体験に結びついていることが知られる。
トラウマに関連した病的な知覚体験としてよく知られるのがいわゆるフラッシュバックと呼ばれるものである。PTSDなどのトラウマ関連障害で患者は過去のトラウマ体験が突然知覚、感覚、情緒体験と共に蘇る。この体験を解離の文脈でどのように位置づけるかは議論が多かったが、DSM-5(2013)はそれを解離性症状としてとらえるという新たな方針を示した形になる。
 DSM-5のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断基準には「フラッシュバックなどの解離体験」という表現が加えられた。つまりフラッシュバックを改めて解離性のものとして理解する方針が示されたのだ。(DSM-5の記載はより正確には、「トラウマ的な出来事が再現されているかのように感じたり行動したりする解離反応(例えばフラッシュバック)」dissociative reactions (e.g. flashbacks」in which the individual feels or acts as if the traumatic event(s) were recurring) となっている。)

 DSM-5においてPTSDの症状を解離として理解するという傾向は、いわゆるPTSDの「解離タイプ」が記載されたこととも連動している。つまり解離症状がある場合には「解離を伴うPTSD」と特定することとなったのである。そしてその場合の解離症状としては「離人体験かまたは非現実体験」と特定されている。

 近年の研究でも、解離傾向と幻覚体験及びトラウマについての相関性を示す研究が複数みられる。

特に小児期の性的虐待は統合失調症や双極性障害や一般人において幻覚との関連が報告されている(Varese F, 2012).

 直近ではJones et al (2023) によれば、主観的なトラウマの深刻さは幻覚傾性hallucination-proneness との相関があり、また幻覚形成と解離体験にも顕著な相関があると報告している。そして解離体験は主観的なトラウマの深刻さと幻覚傾性、特に幻聴との仲介をしているとされる。


解離性の知覚異常の臨床的表れ


 以下に解離性の知覚異常の臨床的な表れについて論じる。臨床において解離性障害の患者から聴取する知覚異常は複雑多岐であり、時と場合によりその表れ方が浮動する。以下にそれらの自験例のいくつかを紹介する。なお患者の診断は全てDIDである。また聴覚異常、特に幻聴に関しては以下に別の項目で記述することにする。

(中略)


解離性同一性障害(DID)における知覚異常-統合失調症との鑑別において


先の自験例では幻聴については記述しなかったが、解離性障害、特にDIDにおいては幻聴は極めて頻繁に報告される。幻聴はDIDで特に多く、100%に見られ、その多くは交代人格の間の会話であるとする。

Nurcombe et al (1996)によるとDIDの幻覚の特徴は、突然の始まり、心理的な危機が関与し、1日~一週間ほどの継続期間であり、各エピソードの間に心理的な悪化はない。そして意識の変化、情動的な混乱、衝動的な行為、そしてトラウマに関連した異常知覚が伴うことが多いという。

解離性障害における幻聴に関しては、諸家が様々に論じている。Putnam (1997) は解離性幻聴の特徴として以下をあげている。(野間先生の発表資料(2019)による。)
・頭の内部で聞こえる。
・はっきり聞こえ、明確ないつも同一の「人格」特徴を持っている。
・大声で侵入性が高く注意集中や思考が困難(「こころの交通渋滞」)。
・内部の声を幻声と認識し、現実の声と混同することはない。
・自分から訴えることは少ない(精神病と思われないように)
・DDNOS(明確な人格交代のない場合)では少ない。

 これまで解離性幻聴の特徴について論じてきたが、ここで項目を新たにし、DIDに見られる幻聴と統合失調に見られるそれとの対比について論じたい。しかしそれに先立ってこの両疾患の関係性について一言述べておこう。

解離性障害、特にDIDについての関心が深まるにつれ、それまで統合失調症に特徴的とされた幻聴やその他の体験が実は解離性障害にむしろ特徴的であるという理解がなされるようになった。海外でも DIDと統合失調症との異同についてはすでに幾人かの著者により指摘されている。たとえば従来統合失調症の診断の決め手として用いられてきた「シュナイダーの一級症状」はDIDでも多く当てはまってしまう、という所見がKluft らにより報告されている (Kluft, 1987, Ross, 1997)。この所見はDIDと統合失調症ということなる疾患がいかに混同されやすいか、という視点と共に、DIDと統合失調症が共存ないし合併して見られる可能性についても示唆している。
このテーマについてはC. Ross (1997) が独自の見解を述べている。彼は統合失調症に特徴的なのは陰性症状であり、陽性症状は基本的に解離性の現象であると主張する。そして統合失調症における幻聴も本来解離性の現象として捉える可能性を示している。そしてこのデータに基づきRossは統合失調症に解離性のそれという下位分類を提唱するのだ。

幻聴体験に関しては解離性のものと統合失調症性のもの鑑別は臨床上かなり重要となる。柴山は解離性の幻聴は、患者の気分との連続性が見られることが多く、幻聴の主を対象化、すなわち特定できることが多く、これは統合失調症の際の把握できない、不明の主体であることとかなり異なるとする。そして柴山が特に強調するのが、統合失調症における他者の先行性という特徴だ。少し長いが引用しよう。
「概して統合失調症の幻聴は、自分の動きに敏感に反応して、外部から唐突に聞こえる不明の他者の声である。そこには自己の医師や感情との連続性は認められない。その声は断片的であり、基本的にその幻聴主体を対象化することは不可能なものとしてある。幻聴の意図するところは、常に把握できない部分を含んでいる。従ってその体験はある種の驚きと困惑を伴っている。それに対して解離性障害では、他者の対象化の可能性は原理的に保たれており、不意打ち、驚き、当惑といった要素は少ない。」

以下に両者の鑑別については以下に表にまとめておくが、その再注目すべき点は、それが心理学的な要因により浮動する点である。そして主体はそれが現実の声とは異なることを直感的に分かっている。

統合失調症性の幻聴の例: 30代女性

(中略)

この例にみられるように、声の主が現実の他者の声との識別が解離の場合には出来るのに対し、統合失調症の場合は曖昧であるだけでなく、区別がつかないことがある。これは統合失調症性の他者が通常は匿名性を帯びていて特定できないことと一見矛盾しているようにも見える。しかしこれは統合失調症性の幻聴が関係念慮としての聖地つを帯びていると考えるとわかりやすい。この例のように遠隔にいる他者が声を送ってくるという体験はテレビやSNSで自分のことが話されているという体験に近いのである。