2024年11月10日日曜日

解離における知覚体験 8

 ここらへんで執筆モードに入ることにする。次のような感じで始まるか。何しろ12月の締切りが近づいてきているからだ。

はじめに

解離症における知覚体験について論じるのが本稿のテーマである。解離症の臨床を通じて体験されるのは、患者は様々な異常知覚を訴えることが多いということである。解離症は一般的には、

「意識、記憶、同一性、情動、知覚、身体表象、運動制御、行動の正常な統合における破綻および/または不連続」により特徴づけられるものとして定義される(DSM-5-TR)。そして知覚体験についてもその欠損や異常知覚が、その他の心的な機能との統合を失った形で見られる。そしてそれらは統合失調症由来のものや脳の器質的な異常により生じるものとの鑑別が必要とされることになる。特に注意が必要なのは統合失調症性の知覚異常や幻聴体験との異同であろう。

幻覚の定義としては「対応する感覚器官への客観的な入力 objective input がないにもかかわらず生じるあらゆる様式 modality の知覚的な体験」Walters, et al, 2012) である。

幻覚はしばしば深刻な精神病理との関連を疑わせるがlife time 有病率は5.2%とされる(McGrth, et al, 2015)。幻聴の機序を解明することは難しいが、その中でそれを解離の文脈でとらえる向きがある(Longden, et al. 2012) そこで解離性障害の症状としての知覚異常はどのように定義されているだろうか? DSM-5を紐解き、解離性の幻覚体験に相当する部分、すなわち「機能性神経症状症」の中の記載を見ると、「感覚症状には、皮膚感覚、視覚、又は聴覚の変化、減弱、又は欠如が含まれる」とあるだけである。ここは実にシンプルだ。というより「何でもあり」という印象を受ける。しかし診断を支持する関連特徴としては、「ストレス因が関係している場合があること」、「神経疾患によって説明されないこと」「診察の結果に一貫性がないこと」(315)などが挙げられている。すなわち解離性の幻覚は、神経疾患で説明されず、浮動性を有する傾向があるという以外には、あらゆる形を取り得ることが許されているのだ。従来は解離性の視覚症状として管状視野(トンネルビジョン)がよく記載されていたが、実際には様々な形を取り得ることを私も臨床で経験している。

このように考えると、解離性の幻覚体験は、解離性障害における知覚異常のごく一部に相当するものと考えることが出来る。感覚異常と言ってもそれが欠損していたり、変容していたり、する。そのどのあり方も存在し得るのである。 このような解離における知覚異常のあり方は、いわゆる解離の陽性症状と陰性症状という考え方に立ち戻る必要があろう。Steele, K, van der Hart, O, Nijenhuis, E (2009) 「構造的解離」ではp73で、陽性症状という用語を実際に用いている(野間、岡野)。ともかくも幻覚は解離性に特有の現象というわけではなく、解離性症状の特に陽性症状と言われるものがあらゆる形をとる中で起きて来るものということが出来る。そしてその意味では解離性幻覚は、解離症状の様々な症状の文脈の中で見え隠れするものということが出来る。 つまりはそれ単独で現れることはむしろ例外であるということだ。