小栗先生の本章の根幹部分は意外とあっさりしたものである。それは「統合により辛い過去の感情が流されて楽になる」ということに尽きる。ただその根拠についてはこの章では明確には触れられていない。 第5章は再び新谷氏の執筆であるが、最初にUSPTを行なう際の説明として、「膝と肩に触れる治療であること」とともに「現時点ではUSPTにエビデンスがないこと」を挙げている。これはとても率直な態度であるとも言える(率直過ぎて少し肩透かし感もある)。USPTの記述の途中であるが、ここでいわゆる自我状態療法に目を向けてみよう。というのもUSPTでの試みは自我状態療法のそれとどこか似ている印象があるからだ。簡便さを追求するところ、左右の交互刺激を用いるところなども共通している。ここは杉山登志郎先生の論文を参考にしよう。 杉山 登志郎(2018)自我状態療法―多重人格のための精神療法. 日本衛生学雑誌 ミニ特集 こころとペルソナの発達に関するアプローチ 73巻1号 62ー66. この論文はとてもコンパクトで読みやすく、しかも杉山先生の治療論のエッセンスがここに書かれているという印象を受ける。杉山先生は私が最も尊敬するトラウマ論者の一人である。ちなみにこの論文は杉山先生の名著「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」の第6章に収められている。 この論文には杉山先生がこの治療法について受講し、実際に臨床に応用した際の体験が書かれている。先生はもともとEMDRの研修を受けて実際に臨床で用いた際に「その効果に驚嘆した」とある。しかしDIDの治療の際にその限界を感じ、EMDRのワークショップで自我状態療法を学んで、「再度驚嘆した」そうである。杉山先生には惚れっぽい(いい意味で、である)ところがあり、そこがかの van der Kolk 先生と似ているのだ。(米国で初めてのSSRI(Prozac 、日本には入って来ていない)をPTSDに用いて著効を見て痛く感動したという彼の文章を思い出す。)