4.USPT理論 ここからいわゆるUSPTについて少し考察する。小栗康平先生や新谷宏伸先生の提唱するこの技法は、「タッピングによる潜在意識化人格の統合」(新谷 宏伸 (著, 編集), 十寺 智子 (著), 小栗 康平 (著)(2020)USPT入門 解離性障害の新しい治療法 -タッピングによる潜在意識下人格の統合. 星和書店.)という治療法で私も以前から注目していた。本書では私が今検討している人格の統合ということを治療の最優先事項として掲げているという点で画期的な書である。ちなみにUSPTとはUnification of Subconscious Personalities by Tapping THerapy (タッピングによる潜在意識化人格の統合) の頭文字である。この治療の眼目として創始者小栗先生が唱えるのが、「表出してくる憑依人格の存在を通して生きることの意味まで深く考えさせられる事」であるとする(同書p.2)。 ちなみに小栗先生には「マイナスエネルギーを浄化する方法ー精神科医が明かす心の不調とスピリチュアリズムの関係」(2010)という本も出されており、それが本書の共同著者である新谷宏伸先生(現USPT研究会理事長)の心をつかんだとある。本書では新谷先生が小栗先生のもとに、言わば弟子入りして第三者の視点から本技法が生まれた経緯が書いていることが興味深い。それによると小栗先生は人格変換をEMDRを用いつつ行った結果「両ひざのタッピング」が最適だとの結論に達したという。そしてさらにある治療者A先生により人格の統合には「背部(肩甲骨のあたり」をタッピングすることがいいと伝授されたとのことである。そして両膝への左右交互のタッピング」で人格変換を手早く行い、背部のタッピングで人格を統合するというUSPTの原型が出来上がったとする(p.13)。何かフロイトがカタルシス法から前額法を経て自由連想法に至った経緯を思わせる様で先を読むのが楽しみである。 本書の第4章「人格解離機制ー典型的DIDと内在性解離―」はUSPTの創始者である小栗康平先生による章で、先生の考えるDIDのメカニズムが簡潔に書かれている。それによるとUSPTを用いた解離性障害の治療とは、「『統合』に向けて『融合』を何度も繰り返していき、最終的に基本人格を呼び出して実年齢まで成長させて、主人格と統合する」(p.21)ということである。ここで基本人格とは「生まれて来た時(胎生期も含む)の本当の自分」と定義されている。ということはこれはかなり野心的な治療目標とも言えるであろう。なぜなら私達が出会うDIDの方々の中には基本人格さん自身が見当たらない(深く眠っている)というケースがかなり多く見受けられるからだ。そのような場合にも基本人格に遡り統合を試みるということだろうか? また以下の文章も注目に値する。「幼少時に(生まれる前、胎生期のトラウマが原因であるという患者さんが約半数いる)強いストレスを回避する目的で、基本人格が別人格を生み出してそれに対処すると、以後ストレスに直面するたびに別人格を生み出して対処するようになります」(p.21∼22、下線岡野)。つまりトラウマは前生におけるものをかなりの割合で含むという、やや特殊な立場である。 さらに著者によれば、最初は解離性健忘を伴う典型的なDIDにだけUSPTを試みていたが、解離性健忘はないものの表面上は鬱症状や感情不安定さなどを呈する人にこれを試みたところ、「予想外に非常に多数の患者さんから、内在する人格が表出して来ることを経験した」(p.24)とある。 なぜ統合する必要があるのかについて著者は次のように述べる。「過去の辛さを別の人格に背負わせることで、その記憶も感情も時間とともに風化しなくなってかえって辛くなっている」「大人になったら辛いことから逃げないで対処することをしっぱりと認識してもらう」「それさえ受け入れられれば、辛い過去の感情をその場で流すことが出来るのが、このUSPTの非常に大きな特徴である。」(p.31)そして人格の統合に抵抗を示す患者に対して次のように言う、とある。人格は決して消えることがない、と伝えて次のジグソ―パズルの比喩を用いる。少し長いが重要部分なので引用しよう。 「今のあなたの状態は、ばらばらになったジグソーパズルです。そのままだと、過去の辛い感情が流れずにどんどんたまっていく一方なのです。ジグソーパズルがきちんと出来上がると、過去の感情が流せてとても楽になります。別人格はジグソーパズルのピースみたいなものだから、一つになっても消えるわけではないのです。その証拠に、いったん融合・統合した後でも、再解離してもといた別人格が出てくることは日常茶飯事です。(下線は岡野」(p.32)