2024年9月5日木曜日

統合論と「解離能」6

 さてHowell 先生が依拠する説としてあげていたPutnam のDBSの理論と共に上げていたKelly Forrest という学者の説。少し復習が必要だ。 先ずPutnam 離散的行動状態理論(Frank W. Putnam: Dissociation in Children and  Adolescents: A Developmental Perspective. Guilford  Press, 1997 

これは基本的に人間の行動は限られた一群の状態群の間を行き来することと捉えており,DIDの交代人格もその状態群の中の1つであるとする.交代人格という状態は,その他の通常の状態とは違い虐待などの外傷的で特別な環境下で学習される.そのため,交代人格という状態とその他の通常の状態の間には大きな隔たりと,状態依存性学習による健忘が生じると考える.Putnam(1997)にとって精神状態・行動状態というのは,心理学的・生理学的変数のパターンから成る独特の構造である.そして,この精神状態・行動状態はいくつも存在し,我々の行動はその状態間の移行として捉えられる.乳幼児を例にとれば,静かに寝ているノンレム睡眠時が行動状態Ⅰ,寝てはいるものの全身をもぞもぞさせたりしかめ面,微笑,泣きそうな顔などを示すレム睡眠時が行動状態Ⅱ,今にも寝入りそうでうとうとしている状態が行動状態Ⅲ,意識が清明だがじっとして安静にしている状態が行動状態Ⅳ,意識が清明で気分がよく,身体的な動きが活発な状態が行動状態Ⅴ,意識が清明で今にも泣きそうな状態が行動状態Ⅵ,そして大泣きしている状態が行動状態Ⅶといった具合になる.そして状態が増えれば,それだけ行動の自由度が増す.

これらの状態は互いに近しいものもあれば遠いものもあり,いわば1つの部屋の中に離散的(離れて)に付置されている状態にある.そして,その状態間を行き来するための経路は,たとえば行動状態Ⅰと行動状態Ⅱはともに行き来可能だが行動状態Ⅰと行動状態Ⅶの間には経路は存在しないといったように,ある規則に従って定められている.この行動状態の構造が,個々人の人格を定義するものとなる.
上記のような状態群は,大抵の乳幼児には観察できるものであろう.しかし,被虐待児の場合は,その他にやや特別な行動状態群を形成する.虐待エピソードのような恐怖に条件づけられた行動状態は,血圧・心拍数・カテコールアミン濃度などの自律神経系の指数の上昇といった生理学的な過覚醒と連合している.それは極めて不快で,我々の大部分にとっては日常体験の外に存在するものである.上記Ⅰ~Ⅶの行動状態を“日常的な行動ループ”とすれば,虐待エピソードで獲得された状態群は独自の性質をもつ“外傷関連の行動ループ”といえよう.この2つの行動ループは,いわば同一の部屋には納まるものの互いに離れたところに付置し,そのために行動全体がまとまりをなくすという状態になる. 心理的外傷を負った子どもが,それを想起させるような刺激に遭遇し感受性が高まると日常的な行動ループにいても外傷関連の行動ループを活性化させ,一足飛びにその状態へスイッチングする.しかし日常的な行動ループと遠く隔たった場所に存在する外傷関連の行動ループは,いつでもそこへ接近が可能なわけではない.情報というのは,多かれ少なかれ状態依存的な性質をもっているため,外傷関連の行動ループにもそれを獲得したときの状況と類似した状況であると認識しないと接近が困難である(このことは,第三者から見て外傷状況とは類似しない状況でも,本人が似ていると認識すれば接近してしまうということにもなる).ゆえに,外傷に関連する行動状態と日常的な行動状態とを結合する経路は,他の経路と比べると滅多に使われない.このように,異常な解離状態とは日常的な行動ループから遠く隔たった場所にある行動状態群で,かつそこへの接近がいつでも可能なわけではないものということになる.その典型例がDIDにおける交代人格である. 

 Putnam(1997)の説は,虐待などの特殊な状況での意識状態が,普段の意識とは離れたところに存在するという解離の基本骨子は引き継ぎつつ,そこに行動状態群という概念をもち込み,これまでDIDの成因論において中心的には扱われてこなかった状態依存学習を前面に強調した点が独創的である.