2024年6月13日木曜日

「トラウマ本」トラウマと心身相関 加筆部分 4

 いわゆる転換性障害 conversion disorderないしはFND

 MUSの筆頭に挙げられるのは転換性障害である。ただし実はこの「転換性」という表現自体がもう過去のものとなりつつあるために、新たにFND(functional neurological disorder 機能性神経症状症)と呼ぶべきものである。しかしここではわかりやすく「転換性障害」という表現を維持したい。
 という点についてもここで述べなくてはならない。その意味でここでの見出しも「いわゆる転換性障害」という表現を取っているのである。そして後に述べるように、この転換性という概念と共に心因性という考えも見直されるようになったのである。
 そもそも従来から転換性障害と呼ばれていたものは随意運動、感覚、認知機能の正常な統合が不随意的に断絶することに伴う症状により特徴づけられる。ひとことで言えば、症状からは神経系の疾患を疑わせるような症状を示すものの、神経内科的な検査に裏付けられない様な病状を示す状態である。
 もともと「転換性」という概念は古くから存在していた。DSM-Ⅲ以前には「転換性ヒステリー」ないしは「ヒステリーの転換型」という用い方がなされていたのである。しかし2013年のDSM-5において、この名称の部分的な変更が行われた。すなわちDSM-5では「変換症/転換性障害(機能性神経症状症)」(原語ではconversion disorder (functional neurological symptom disorder=FND ))となった。つまりカッコつきで「機能性神経症状症」という名前が登場したのである。
 さらに付け加えるならば、2023年に発表されたDSM-5のテキスト改訂版(DSM-5-TR)では、この病名がさらに「機能性神経症状症(変換症/転換性障害)」となった。つまり「機能性神経症状症が前面に出て「変換症/転換性障害の方が( )内にという逆転した立場に追いやられたのである。この調子では、将来発刊されるであろう診断基準(DSM-6?)では転換性障害の名が消えて「機能性神経症状症」だけが残されるのはほぼ間違いないであろう。
 ところで同様の動きは2022年の ICD-11の最終案でも見られた。こちらでは転換性障害という名称は完全に消えて「解離性神経学的症状症 Dissociative neurological symptom disorder」という名称が採用された。これはDSMの機能性functional のかわりに解離性dissociative という形容詞が入れ替わった形となるが、それ以外はほぼ同様の名称と言っていいだろう。
 さてこの「転換性」という表現が消えてFND「機能性神経症状症」になったことは非常に大きな意味を持っていた。まずこの名称はこれまで転換性障害として定義されたものを最も客観的に(そして味気なく)表現したものである。機能性、とは器質的な変化が伴わないものを意味し、また神経症状症とは、症状としては神経由来の(すなわち心、ないしは精神由来の、ではなく)症状をさす。つまり「神経学的な症状を示すが、そこに器質的な変化は見られない状態」を意味するのだ。
 ところでこの神経症状とは、神経症症状との区別が紛らわしいので注意を要する。後者の神経症症状とは神経症の症状という意味であり、不安神経症、強迫神経症などの神経症 neuross の症状という意味である。
 他方ここで問題にしている前者の神経症状、とは神経(内科)学的 neurological な症状をさし、例えば手の震えや意識の混濁、健忘などをさす。簡単に言えば症状からして神経内科を受診するような症状であり、具体的には知覚、感覚、随意運動などに表われる異常であり、病名としてはパーキンソン病やアルツハイマー病、多発性硬化症などが挙げられる。
 そして転換性障害が示す症状はこれらの知覚、感覚、随意運動などに表われる異常であったから、それらは表れ方としては神経症状症と呼ぶことが出来るのだ。
  さて問題は転換性という用語が機能性に置き換わることになった意味である。そしてそれは「転換性」という言葉そのものについて問い直すという動きが切っ掛けとなっていた。その動きについてJ.Stone の論文を参考に振り返ってみる。